第7話 無差別殺意の鏃
1621年 5月 17日
現在、小隊は調査隊が測量して作った地図を元に周辺の地形を把握しながら前進中。
飛行場が建てば偵察機を飛ばして航空写真が撮れてとても楽なのだが、まだ前哨基地の拡張が残っているので飛行場の建設はまだ先だ。
道無き道を進んでいる為、車内の揺れが激しく、時々腰が浮き上がるが、車列はそんな事お構い無しに進み続ける。
ベルクトはてっきりもっとファンタジーな世界だと期待していたが、今までオペルブリッツの荷台から見てきた景色は平原に丘に小川とファンタジーとは程遠いごく普通だった。
ついでに前哨基地周辺の川や湖などはロイス帝国軍が送ってきた水質調査隊が調べている最中だ。
「かなりの重武装で来たが、出番はあるのだろうか?」
ベルクトがポツリと呟いた。
この小隊の装備はSd Kfz251が2両にキューベルワーゲンが1両、オペルブリッツが1両、武装はハーフトラックの前後にMG42が一丁ずつ、オペルブリッツには弾薬と兵士が満載、ハーフトラックには使い所の分からないパンツァーシュレックと予備弾薬が8つも収納されている。
もう1両のハーフトラックにはこれまた使い所の分からないleGrw 36まで押し込められていた。
いくら何でもやり過ぎなこの装備は別に考えも無しに持って行かせた訳では無い。
陣地襲撃の際に捕らえた捕虜からの情報によると、魔物と呼ばれる人を襲う生物がここ最近数を増やしてきているとの事だ。
捕虜達が話した魔物の中には調査隊の生き残りが話していた敵と一致するものもいた。
そういう訳で、彼ら小隊はこのような重武装で偵察に行く事となった。
「もうすぐ地図に書かれている範囲を抜けるな」
最前列のキューベルワーゲンに搭乗していた1人の尉官が地図を見ながら呟いた。
* *
数時間後、車列は森の中を走行していた。
走行中に街道を見つけ、そこに沿って走ったら森の中に続いていたからだ。
測量班が地図の作成を済ませ、帰り道も分かるので迷う心配は無い。
「ふむ……」
キューベルワーゲンに搭乗していた尉官の男が街道を見つめていたので護衛として同乗していた兵士の1人が尋ねた。
「街道に何かありましたか?」
「いや、随分と"綺麗な"街道だと思ってな」
その答えに対して兵士が「なら写真でも撮って帰りますか?」と聞くと「いや」と一言で断った。
その尉官が言う通り、確かに街道には車両などが通った跡が無く、ハーフトラックの履帯の跡やキューベルワーゲンとオペルブリッツの車輪の跡だけが残っていた。
尉官の男がふと右を見ると、草木に隠れて何かがある事に気が付いた。
「フー……小隊停止」
無線機に息を吹き掛け、車列を停止するように指示を出した。
〔ザザ……小隊停止〕
無線機から尉官の声を聞き取ったそれぞれの運転手はブレーキを踏み、車両を停車させた。
「誰か私と来てくれ。 何かを見つけた」
「了解」
護衛の兵士を2人連れると、草木を掻き分けてそこにあった何かを調べた。
"それ"を見つけた尉官は「やはりか!」と言い放ち、キューベルワーゲンに駆け込むと、無線機で全車両に呼びかけた。
〔ザザ……総員、全周警戒!ゲリラに注意し
ろ!〕
草木に隠されていたのは、馬車の残骸だった。
しかも所々に乾いた血液が付着しており、ここで何があったか容易に想像出来てしまった。
これなら街道に車両が通った痕跡が無いのも納得出来る。
こんな危険地帯に近付こうなどと思う奴はいないはずだからだ。
ハーフトラックの後部扉が開き、ベルクト達もオペルブリッツから降りようとした途端、左右から矢の雨が降り注いだ。
「うわぁっ!?」
側面からの矢は防げたが、真上から降ってくる矢は、オープントップのハーフトラックでは防ぎ切れず、数本の矢が兵士に襲いかかった。
「クソっ!どこにいやがる!?」
急いでオペルブリッツの荷台から飛び降りたベルクトは車両の下に隠れて辺りを見渡した。
ついさっきまで背中に矢が刺さっていたが、車両の下に潜る前に自力で引っこ抜いた。
無理に引き抜いた為、皮膚が裂けて野戦服に血が染み込んでいたが、本人が気付く事も無かった。
「いました、およそ100メートル先の木の上に数人の人影が見えます」
いつの間にか隣にいたラネルが前方にある背の高い木を指さして言った。
確かに矢はそこ辺りから飛んできていた。
それに100メートルならPPSh-41でも対処は可能だ。
「左右から攻撃を受けているぞ!!撃て!」
1人の軍曹が三八式歩兵銃の銃口を左側にいた伏兵に向け、引き金を引いた。
発射された6.5ミリ弾は見事に伏兵の胴体を貫き、木から転落した。
セリーゲル帝国(人間の言葉で大日本帝国)製の三八式歩兵銃は6.5ミリというこの時代では比較的小口径な弾薬を使用する代わりに命中率が他の小銃より高くなっている。
それにいくら小口径と言えど胴体にでも喰らえば致命傷になりうる程の威力は6.5ミリ弾にはある。
「矢を恐れるな!!反撃せよ!!」
軍曹に怒鳴られた兵士達が雄叫びを上げながら伏兵のいる方向へ銃弾をばらまいていく。
見えない矢が森のあちこちを抉りとり、これには伏兵達も堪らず、木から飛び降りていく。
これを好機と見た尉官、ヴィクター・レリエスは先程まで盾にしていたキューベルワーゲンの下から這い出てくると、指示を出し始めた。
「総員、突貫せよ!!体勢を崩した今が好機だ!!」
1個小隊が真っ二つに分裂し、左右に展開して敵の伏兵に向かって銃を構えて突っ込んでいく。
「いやがった!」
ベルクトは伏兵を見つけると近くの岩に身を隠し、そこから伏兵を狙ってPPSh-41の引き金を引いた。
伏兵の足元から土煙が舞うと体のあちこちから血を流した伏兵は力無く倒れ、息絶えた。
近付く事である程度敵の規模を知る事は出来た。
恐らくこちらと同じ1個小隊に相当する数の弓兵がここで待ち伏せていたのだ。
だが、同じ数ならば銃で武装したこちらの方が有利と言えるだろう。
事実、先程から伏兵達は反撃の余地もなく射殺されていっている。
目の前の敵がいなくなった事を確認し、移動しようとした時だった。
すぐ脇にあった草むらに潜んでいた伏兵が短剣を逆手に持って飛びかかってきたのだ。
想定外の攻撃にベルクトは呆気なく組み伏せられ、心臓に短剣を突き立てられた。
「ゴボッ!」
胸を刺され、体が大きく仰け反ると口から血が溢れ出した。
だが、ベルクトは特に苦しむ様子も無くその伏兵を右足で蹴り飛ばし、口と胸から血を垂れ流しながら立ち上がった。
「全く、半分吸血鬼ってのは便利なもんだよ……」
そう言いながら心臓に深く突き刺さっていた短剣を引っこ抜いて投げ捨てたベルクトを伏兵は呆然と見つめていたが、すぐに攻撃体制を取り、再度攻撃を仕掛けようとしたが、突然その伏兵が体をくの字に曲げて後方に吹っ飛んだ。
伏兵の体を見てみると、腹の部分が吹き飛んで腸が剥き出しになっていた。
下手すればそこらのB級グロ映画なんかよりグロテスクだろう。
そして、ベルクトが後ろを振り返るとそこにはやはりラネルが女性には到底似合わないウィンチェスターM1897(トレンチガン)を構えていた。
ラネルはトレンチガンのスライドハンドルを引き、薬室から空の薬莢を排出し、スライドハンドルを前に戻して次弾を薬室に送り込んだ。
その一連の動作はとても手慣れていて容姿はともかくそれは歴戦の猛者を思わせる動きだっただろう。
「相変わらず伍長は無事ではないようですね」
「それ冗談で言ってんの?」
真顔でそう言ってきたラネルを少しジト目で見ると、すぐに何時もの戦場での真剣な表情に戻り、前に進み出した。
* *
その後、伏兵は小隊によって返り討ちにされ、小隊も被害は負傷兵を除いてさほど負っていなかった。
ただ、捕虜は1人も得ることは出来なかった。
不利だと分かっているのに錯乱したのか突っ込んで来たのを1人の兵士がルイス軽機関銃で薙ぎ払ってしまったからだ。
まぁ、この状況で捕虜なんか捕らえても車両に乗せるスペースが無いし色々面倒なのでどうでもよかったのだが。
* *
1621年 5月 19日 エルダース王国の王都、クェシアにて
王城にある王の間ではエルダース王国の国王であるメルハイダ・エルダースというもう既にかなりの年寄りである男が執務机を挟んで王立騎士団の団長からの報告を聞いていた。
「うむ……国内で謎の武装集団とな?」
「はっ、その武装集団はイレドのギルドからの情報によると陣地を築いていたとの事です」
それを聞いたメルハイダは思わず顔を手で覆いそうになったが、溜息でどうにか誤魔化した。
「ただでさえ魔族だけでなく亜人まで敵対してきているというのに今度は謎の武装集団か……。 ラグロー、勇者達の育成はまだ終わっとらんのか?」
ラグローと呼ばれた男は王の前に跪いた状態のまま話し続けた。
「それがまだ完了しておらず、あのままでも使えない事はありませんが魔族との戦いが厳しくなるでしょう」
「あぁ、何たることだ……」
とうとうメルハイダは我慢できずにラグローの目の前で両手で顔を覆ってしまった。
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