第4話 未知との遭遇 前編

1621年 5月 10日


次元干渉装置で300年前に戻ってから既に6時間が経過した。


兵士達はタイムスリップをしたという実感を得る暇もなく塹壕を掘ったり、物資を運搬したり、陣地防衛用の重機関銃を設置したりと大忙しである。


しかし陣地は現在最優先で構築しなければならないので可哀想だが兵士達には頑張って貰う他無かった。


幸い、この6時間の間に敵襲は無かった。

調査隊の生存者が言っていた様な敵も現在は確認されていない。


陣地の構築が終われば1個分隊を編成して陣地外の偵察に向かうそうだ。


分隊の編成にはベルクトとラネルも含まれていた。


そのベルクトはというと……


「暇だ……」


他の兵士達が汗水ながして陣地の構築を行っているにも関わらず、その場に座り込んで陣地が構築されていく様子を眺めていた。


どうしてこうなったかというとそれは6時間前に遡る……


* *

兵士達がエンピで塹壕を掘り始める中、ベルクトは棒立ちで突っ立っていたので将校が歩み寄って来た。


『おい、何をボサっとしている? 早くエンピを……』


ベルクトを叱責しようとした将校は彼の左腕に気付いた。


左腕は肘から先が無く、余った野戦服の袖がブランブランしていた。


『……いつ"生えてくる"?』


『完全に欠損してしまっているのであと4日位は掛かるかと』


会話内容がとんでもなかったが、ベルクトにとってはさほど驚くべき事でも無かった。


実はベルクトは母親が吸血鬼であり、吸血鬼の体質を少しばかり受け継いでいるのだ。


吸血鬼はかなりの長命で、見た目の変わらぬまま何百年と生きる種族なのだ。(中には数千年も生きた者もいるという)


それだけでなく、吸血鬼という種族は限りなく不死身に近い。


四肢を切断されても瞬く間に生えてくるし、首をはねられてもまた生えてくる。


吸血鬼を殺すには普通の武器では不可能であり、魔剣や聖剣といった特殊な武器が必要となる。


ベルクトはかなり弱体化したが、ある程度の再生能力は持っている。


なので、四肢が切れても数日も経てば新しいのが生えてくる。


* *


こんな事があったのでベルクトは待機させられていた。


もう日も沈んで闇が辺りを包み始めた頃、レオーネ大隊が陣地を構築している所を見ている者達がいた。


「ギルドで見た位置情報通りだな……」


「でもアイツら何やってるのかしら? 穴掘ったりなんかして。 それに見慣れない装備を持ってるし」


そこには、鉄製の鎧とロングソードで武装した若年の男と杖を片手に持った魔女の様な見た目の女、その後ろには弓を構えている者もいる。


「今攻撃するのは危険だ。 夜になって寝静まるのを待とう。」


弓を構えている男の提案に2人は頷いた。


* *


時刻は深夜、兵士達は夕食を終え、それぞれの天幕の中で眠りに入ろうとしていた。


その天幕の中ではベルクトが仲間と談笑しながら酒を飲む姿があった。


「ベルクト伍長はラネルさんと親しいんですか?」


ラネルと同じ上等兵であるゴブリンの兵士、ルーデン・シュレーグにラネルとの関係を尋ねられ、ベルクトは少し返答に困った。


「うーん…まあ確かにアイツとは幼馴染でもあるし兵士になった後もよく一緒にいるが別に幼馴染であり部下でありっていうだけでそれほど親しいって訳でもないな。」


「そうなんですか。 てっきり既にヨロシクやってるのかと思いましたよ!」


「ははは!馬鹿言え。 俺は女と手ぇ繋いだ事すら無いんだぞ?」


荷物の中にもう1つ入れておいた私物の水筒に満たされたウォッカを口に含み、大笑いをしていた。


意外と酒に強いベルクトだが、ウォッカをストレートで飲み干すというロシア人顔負けの強さだった。


流石に飲み過ぎて尿意を催したベルクトはテントにいるシュレーグ達に「ちょっくらションベン行ってくる」と一言告げて天幕から出た。


トイレなんてここにはまだ無いので陣地の人目が付かない所でするしかない。


一応、野生動物とかに襲われた時の為に鹵獲品のガバメントM1911と銃剣を腰に携えている。


「うぅ〜やべっ、流石に飲み過ぎたな。 早く済ませよう」


込み上げてくる尿意に全身を身震いさせながら急いで陣地の端っこに向かった。


「ふう、やっと着いた」


目的地に着くなり早速ズボンのチャックを開けて小便を垂れ始めた。


ウォッカの飲み過ぎのせいか、やけに長かった小便を終え、チャックを閉めてその場から立ち去ろうとした、その時だった。


ガチャッ


ベルクトのすぐ近くにある塹壕のどこかから金属音が聴こえた。


最初は警備の兵士かとも思ったが、ここまで来ているのだったら誰何されてもおかしくない距離だった。


不審感を感じたベルクトは音の発生源に近付いた。


「おい、誰かいるのか?」


暗闇でよく見えないのでオイルが勿体ないが、仕方なくライターを使う事にした。


塹壕の中に下りて足元を照らしながら歩いていると、右足の爪先に何かがぶつかった。


「何だこれ?」


それが何か確かめようとライターを近付けると、タイミングの悪い事にライターの火が消えてしまった。


「ありゃ、オイル切れか」


何度か点火を試みてみるが、なかなか火が点かない。


何度やっても点かないので諦めてポケットにライターを仕舞うと今度はライターの代わりと用意していたマッチを取り出した。


「火は小さいけど無いよりマシだろ」


箱の側面でマッチの先端を勢い良く擦り、点火すると、足元の"何か"を照らした。


火が小さくて見にくいが、それは間違いなく誰かの足だった。


「……!?おい!大丈夫か!?」


それが人だと気付いたベルクトはマッチの火を頼りにそこに倒れている兵士の状態を確認した。


「なんて事だ……」


その兵士は心臓を鋭い刃物で貫かれており、息絶えていた。


急いで近くの仲間に警告しようとしたが、突然、背後から何者かの気配を感じた。


「なっ!?」


後ろにいた奴は背後からベルクトを剣で刺し殺そうとしたが、ベルクトが反射的にバックステップをしたお陰で野戦服を貫いただけで済んだ。


殺意を向けてくる何者かと対峙した、ベルクトは息を吸い込むと、大声で叫んだ。


「敵襲うううううぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!」

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