第3話 次元干渉術

1950年 1月 3日 ロイス帝国の首都、アリダ行きの列車の中にて


「全く……なんだってんだ!折角戦場から生きて帰ったというのにまた呼び戻されるなんて」


列車の座席に座っているベルクトが外を眺めながら愚痴を言い、ラネルはじっとその様子を眺めていた。


「分かりません。 何故この時期に呼集礼状なんて出たのでしょうか?」


「分からんが、告知もされてないって事は緊急なのかそれとも……何かしらの極秘任務なのか…」


そんな嘘か真かも分からない会話を繰り広げている内に列車はアリダに着いた。


列車が完全に停車すると、側面の扉から乗客がぞろぞろと流れ出て来て、それに2人も混じっていた。


「えーっと、呼集礼状によればアリダにあるレリーデル研究所ってとこか」


「呼集礼状に書かれた通りだとそう遠くはないですね」


呼集礼状を粗方読み終えたベルクトとラネルはこの研究所の位置に違和感を覚えた。


「でもこの通りじゃそのレリーデル研究所とやらは首都のド真ん中にある事になるぞ?」


「地下にでもあるのではないでしょうか?」


答えはラネルの予想した通りだった。

軍の駐屯地に行き、警衛の兵に持参を命じられていた呼集礼状を見せると、別の兵士がやって来て2人を案内したのだが、その先にあったのは1台の兵員輸送トラックだった。


「早く乗れ」


案内していた兵士に早く乗るようにと促され、荷台によじ登り、兵士が寿司詰めになっていた所に割って入った。


隣の兵士が不機嫌そうにこちらを睨んできたが、伍長の階級章が目に止まると即座に顔を逸らした。


どうやらベルクト達が最後だったらしく、2人が乗ると直ぐにトラックは進み出した。


研究所の裏手まで進み、そこで見た光景にベルクトだけでなくそこにいた兵士全員が唖然とした。


そこには爆撃機の格納庫位の大きさはある巨大な鋼鉄製の扉があった。


門の前にトラックが止まり、暫くすると鋼鉄製の門が耳障りな金属音を立てながら開き、トラックはその中へと入って行った。


入って直ぐ坂を下り、右に右折してまた坂を下ると、今度は直進した。


「おいおい……地下にこんな軍事施設があるなんて聞いたことないぞ…!?」


トラックが到着した場所には天井から吊るされた幾つもの電灯で照らされた地下の駐屯地があった。


複数の箇所に大量に積み重ねられた武器弾薬に食料等の物資、駐車場に並べられた何十両もの偵察車、ハーフトラック、サイドカーに戦車。


それに加えて兵士を寝泊まりさせる為の天幕があちこちに建てられた簡易的な兵舎があり、その周りには将校がいたり、白衣を着た科学者らしき人が士官と話していたりした。


トラックを降ろされたベルクト達は他の兵士達と共に高台の上に立った一人の初老の佐官の前に整列した。


兵士の数は恐らく1個大隊に相当すると思われる。


「傾注!!」


高台の下に立っていた副官と思しき男が号令を出すと、兵士達はサッと高台の上にいる佐官を見た。


佐官の男が副官に「休ませろ」と言うと副官が今度は「休め!!」と号令を出した。


数秒間を置いて佐官の男が口を開いた。


「あぁ~…顔を合わせるのは初めてかも知れんが、私の名はシダル・レオーネという。 階級は少佐だ」


「諸君らはまだ詳細を知らされていないから何が起こっているのか検討もつかないだろうが、簡単に言うとだな……」


「諸君らは今日より私が大隊長を務めるレオーネ大隊として任務を遂行してもらう」


兵士達は驚いた顔をしてレオーネ少佐を見つめていた。


地獄のグレティア攻略戦から生きて帰ってきたというのに呼集礼状が来たと思えば今度は別の部隊に転属と来たもんだ、無理もない。


正直ベルクトも抗議したい気持ちで一杯だったが、佐官とその副官の前で堂々とブーイングを発する事など出来るはずもないので黙って休めの姿勢で大佐の話に耳を傾ける。


「しかしなぁ~ケーリス、このレオーネ大隊って名前どうにか変えられんのか?」


「無理ですね。 諦めて下さい少佐」


レオーネ少佐は大隊に自分の名前が付いているのが不満らしく、名前を変えようと副官のエノラ・ケーリスに提案したが即却下され、項垂れていた。


「……まあいい。 話を続けるぞ。 諸君らレオーネ大隊を構成しているのはグレティア攻略戦の生還者であり、その中から戦績などで選抜された者達だ」


後に分かったことだが、ベルクトは選抜基準の中でドベの2つ上の成績で選抜の対象になったそうだ。


「所で……諸君らはタイムスリップという言葉は知っているだろうか?」


その言葉は確かに知っているが、いきなり出てきた話題がそれなので兵士達は心の中で首を傾げた。


「まぁ知ってるだろうし無駄話は要らんだろう。 何故、こんな話を持ち出したかと言うとな、総司令部での会議である話が持ち上がったんだ。 それがタイムスリップ」


「もう簡単に言ってしまうとだな……お前ら全員300年前に戻って四十勇者ぶっ殺して来いって事だ。」


四十勇者とは、300年前に亜人に敗北をもたらした人類が召喚した40人の勇者の事である。

ただ、何故かは分からないが、亜人が敗北した頃には40人いたはずの勇者が"39人に減っている"のである。

そのことに関しては未だに謎で様々な仮説が飛び交っている。

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1950年 1月 4日


天幕で一晩過ごしたベルクト達は次の日の朝っぱらからいきなり完全武装で兵員輸送トラックに押し込められ、地下の奥へと運び込まれた。


「ふあ~あ……睡眠不足には慣れたがここでもか……」


「おはようございます伍長」


ラネルも顔にはあまり出ていないが動きが少しおぼつかず、僅かな寝不足が見て取れた。


「レオーネ少佐の話だと確か"門"を潜れば300年前なんだとよ」


「しかし、集結早々あまりに無茶苦茶な作戦内容に混乱している兵士もいるようです」


彼ら兵士達にとって未知というのは恐怖そのものなのである。

レオーネ少佐は既に調査隊を派遣したと言っていたが、得られた情報によれば地球上には存在しない生物が住んでいるとの事だ。


中には人を襲う凶暴な生物もおり、20人の調査隊は半数以上が死亡し、命からがら戻って来たという。


その生還した兵士に話を聞くと、話す事は皆同じだった。

「ドラゴンが襲って来た」とか、「鎧を着た人間や魔女に野営中に襲われた」などだ。


まだ何が敵で何が味方か分からない現状は敵対行為は避けるべきとレオーネ少佐から将校や下士官などは釘を刺されている。


たった今前進を始めたトラックに乗っているベルクトも多少の不安は感じていた。

だが、それに勝る程の好奇心もあった。

もう現在は都市開発や戦争で失われた神秘的な光景、建造物、そして今は過去の産物と化した魔術。


魔術はかつては民用だけでなく軍用としても使われてきていたのだが、亜人はそれの扱いに特に長けていた。


亜人と戦争をしていた人類は大魔術師等ならともかく普通の魔術士では亜人の使う術式に威力も射程も全てにおいて劣っていたのだ。


そして、人類は亜人の魔術を打ち破る為にある兵器を開発した。

それが"銃"だ。

銃というのは魔術なんかよりも遥かに実用的だった。


魔術は術式を発動する為に自身の魔力を消費する。

しかも、術者の力量によって威力や魔力消費率は変動してしまう。

消費した魔力も時間経過で回復を待つ必要があったのだ。


そして銃は誰が使っても亜人の用いる一般的な防御術式を貫通する程の威力を出す事が出来る。


しかも弾が無くなれば弾嚢から次弾を取り出して再装填すればいい。


魔術なんかよりもずっと効率がいいのだ。

そのお陰でこんな言葉が生まれた。


"100人の魔術士を育成するより1000丁の銃を作った方が安上がりだ"


この言葉通りに魔術は廃れていき、代わりに銃が進化していった。


火薬と石を詰めた筒からマスケット銃、カートリッジ式と進化は続き、今では機関銃、散弾銃、戦車などが戦場を制す存在と化した。


存在意義を無くした魔術は学校の理科の実験位でしか見られなくなった。


だが、今回の作戦で使用するタイムスリップをする為の機械はその魔術を応用している。


古代に禁忌とされていた血を糧とした魔術、即ち血魔術の中に別次元の平行世界に干渉する事が出来る術式が存在する事が判明した。


恐らく人類が四十勇者を召喚する際に使用したと思われる。(その術式でどれ程の人間が生贄にされたかは分からないが)


ただ、今回使用するタイムスリップする装置(以後次元干渉装置と呼称する)は豚や牛などの家畜の血液を魔力に変換して術式を発動する事が出来る。


元々血魔術は消費魔力量が多過ぎる術式を発動する為に用いられた一種の手段だ。


実は血魔術ではわざわざ人間を生贄をする必要は無く、動物でも糧にはなる。(ただし、魔力量では人間の方が多い為、四十勇者の召喚では人間が用いられた)


トラックやその他の車両で構成された車列は広いスペースに出ると2列横隊に並んだ。


ちょうどそこが次元干渉装置の術式発動圏内なのだ。


その一角にある制御室では白衣を着た老年の男が起動の合図を今か今かと待ち続けていた。


「合図はまだなのか……?」


起動レバーを右手で握り締めたままかれこれ40分は経っている。


じれったいのでいっそ今起動してしまおうかとも考えたが、それを実行に移そうと考える前に無線から「時間だ、起動しろ」とようやくレオーネ少佐から合図が来た。


「待ってましたァ!!」


老年の男は起動レバーを勢い良く引き倒し、次元干渉装置は起動した。


装置全体から凄まじい重低音が響き渡り、これには流石のラネルも少し顔を顰めた。


「ほ、本当に大丈夫なんだろうな!?」


重低音の次は周りの景色が歪み始め、その余りの気持ち悪さに吐き気すらした。


すると、ベルクト達の頭上で真っ白な光が集まり、気付いた頃には既に太陽並の光量にまで肥大化していた。


「お、おおぉい!!?」


カッ!! と光が爆発したかのように広がり、車列を一瞬にして包み込んだ。


光が収まった頃には先程までいたはずの車列は消えていた。


「……今日も成功だな…」


老年の男は満足気な顔で制御室から退室した。

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1621年 5月 10日


天気は快晴、しかし現在位置は不明。

平原のド真ん中に転移したようだ。

何はともあれ取り敢えず第1過程は成功したので、第2過程へと移らねばならない。


将校がトラックから兵士を全員降ろすと、トラックの荷台に積まれた物資を運び出したり、残りの者は陣地の建設を急がせた。


ここは本当に300年前の世界なのだ。

我々が知り得なかった未知に溢れた世界。


そう、これが全てを決めるターニングポイントだった……

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