真琴の黒歴史ノート


「着替えてるときも、手放そうとしないんだよね」


「それ、何が書いてあるんだ?」



 俺が手に取ろうとすると、真琴がノートを守るように身を捩った。どういうワケだ?



「そのノートが瘴気の発信源だ。こっちに渡せ」


「ダメです! 何が起きるか分かりません!」

 なぜかアタフタしながら、真琴はブンブンと身体を振る。


「それだったらマーゴットが持ってる方が危ないよ」

「これ、その……私が全身の魔力を使って瘴気を封じているからなのです!」

 真琴の言葉には、何か隠している気配があった。


「どうしてそんなに必死なんだ?」


 こいつは何と戦っているのだろう?


「早く手を放せ、真琴!」

 ノートの端を持って引っ張る。


 頑として、真琴も放そうとしない。


「手を放せって言ってるだろ、千切れるぞ!」

「そう仰られてもっ!」


 業を煮やしたパイロンが「こうなったら」と、背後から真琴に忍び寄った。


「コチョコチョコチョコチョ」

 パイロンが、真琴の脇の下をくすぐる。


「ギャハハハハハハハハ!」


 美人秘書とはほど遠い、近所のオバチャンのような笑い声が上がった。

 普段は真面目そうなのに、こんな個性的な笑い声だったとは。


 その隙に俺は半ば強引に、真琴からノートをひったくる。


「ハア……ハア。ハアッ!?」


 息を切らしながら、真琴が、この世の終わりのような顔になった。


 ノートには、「設定帳」と書かれていた。


「なになに……『夜を歩く騎士』だと? 『空の鎧に潜むは、過去の怨念か』と」


「いやあああ! 読み上げといて下さい! 死んでまうーっ!」


 頭を抱えながら、真琴が崩れ落ちた。


 こいつテンパると関西弁になるのか。


「ウェディングドレスを着たサムライって、お前のアイデアだったのか」

「アカンてェ! いっそ殺してーなぁ!」


 羞恥に耐えきれないのか、とうとう真琴は泣き出してしまう。


 つまり、このメモは黒歴史ノートか。

 真琴は自分の妄想をノートにシコシコとしたためていたのだ。


 誰に読まれるわけでもない。

 しかし、書かずにはいられなかったのだろう。


 俺の推理を聞きながら、パイロンは納得したような顔をする。


「そう言えば、北の魔神って真琴が作った人間サイズのフィギュアなんだよね」


 パイロンが言うと、真琴はこれ以上ないくらいに動揺した。


「言わんといて下さいってぇ! 気にしてるんですからぁ!」


 北の魔神の経緯が、真琴にとっては一番恥ずかしいんだな。


「マーゴットが犯人じゃないとしたら、マーゴットのノートに何らかの力を吹き込めた人が怪しいんだけど」


 パイロンの言葉を聞きながら、俺はあることを思い出す。


「誰かにイタズラされる心当たりは?」


 パイロンは首を振る。


「だよなぁ。お前はヨソで敵を作ってくる性格じゃない」


 ますます、分からなくなってきた。


「もしかして……」と、真琴が顎に手を当てて、思考を始める。

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