パイロンのサプライズ


「じゃあ、両手を水平に広げてじっとしててね」


 俺は磔のように両腕を真横に広げさせられ、立たされた。


 勝手に、殺菌の具足がひとりでに歩き出す。こちらへと向かってきた。


「おいおい、何もしていないのにこっちに来るぞ!」


 後ろへ下がろうとした俺を、パイロンが背後からホールドする。


「大丈夫だから、ジッとしてて」


 殺菌の具足の前面にあるファスナーが勝手に開く。モゾモゾと動き出し、俺の全身を覆い尽くした。

 今着ている作業着は、具足と融合する。


 装甲は分厚いが、ちっとも重さを感じない。特殊な金属を使っているため、頑丈だが重さは鉄の数分の一しかないそうだ。カブトの内部はガスマスクのような構造になっている。


「いい? この鎧は、私の魔力を注いで作られている特注品だよ。ベースは、爽慈郎が着ていた作業着。それに私の力を注ぎ、無敵の鎧に変えてある」


 パイロンが俺に兜を被せる。


 フルフェイス型だから、相当見づらいと思われた。しかし、目の部分はバイザーになっている為、思ったほど視界は遮られていない。


「チェック終了」と、パイロンは兜を脱がせた。


「だから、本来は戦闘向きには作ってない。つまり、掃除に特化しているって事。だから、変に戦おうとしないでね」


「無理をするなって事か。了解だ。元よりまともにやり合うつもりはない」


 俺は甲冑の手甲を、握ったり閉じたりして感触を確かめる。


 どこまでやれるかわからないが、クヌギを、志垣真琴を放ってはおけない。


「行くぞ」


 俺はガスマスク型の兜を被ろうとした。


「待って。まだ仕上げが残ってるから」


 パイロンは、俺の手を遮る。そのまま手を下ろさせた。


「何をする気だ?」


「爽慈郎の身体に、わたしの魔力を定着させるの。だから、じっとしててね」


 パイロンの顔が近づく。


「――っ」


 驚く暇すら与えられず、俺はパイロンに唇を塞がれた。


 桃のように甘い味が、口内に広がっていく。心臓が止まってしまいそうに震えている。


 パイロンが顔を離しても、未だにドキドキしていた。


 それは、パイロンも同じようで。


「すまん。イヤだったんじゃないか?」


 俺が気を遣うと、パイロンは首を振った。しばらく時間を置いて、口を開く。


「ありがとう。残るって言ってくれて」


 改めて、パイロンが礼を言ってくる。


「言っただろ。これは俺の戦いでもあるんだ。逃げるわけにはいかん」


「それでも嬉しい。一人だと心細かったから」

「行こう、パイロン」


 決意を新たに、俺はガスマスク兜を被った。


 さて、命をかけた大掃除の始まりだ。

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