殺菌の具足 ~メイル・オブ・ピューリファイ~

「素敵な出会いだね」

 透き通った声が、俺の耳をくすぐった。


 パイロンの顔が近い。


 隣のソファで座っていたと、俺は改めて認識してしまう。


「ご両親の後は継がないの?」

 いたたまれなくなったのか、パイロンが話題を変えてきた。


「継がない。俺は両親からもらいたいんじゃない。自分で勝ち取りたいんだ」


 クヌギと同じだ。


 俺も家庭に居場所がない。


 やりたいと思ったことを、親が既に終わらせてしまう。


 それがイヤで仕方がないのだ。


「それで、別の所でバイトしてるんだね?」


 両親の元で学べば、もっと効率のいい勉強になるかも知れない。


 けれど、俺は独学で、自分なりの清掃法を学んだ。

 両親の考えを踏襲しつつ、別の答えを模索している。


 両親の考えは、俺の中ではベストだ。

 しかし、まだ何かあるんじゃないかと思える。


 偉大な両親を越えたい。

 気がつけば、それが俺の目標になっていた。


 引き継ぐんじゃなくて越える事、与えてもらうんじゃなく勝ち取る事が、今の所でのテーマになっている。


「そういう気持ちで、爽慈郎はずっと掃除に命を賭けてたんだね?」


「い、命を賭けるとかそんな大袈裟な話じゃないけどな」


 急に照れ臭くなって、俺はパイロンから顔を遠ざけた。


「けど、社長から面と向かって『職人の考え方だから、経営者として成功しない』って言われたけどな」


 カッコ悪かったが、事実だ。

 厳粛に、アドバイスを受け止めなければ。


「ううん。立派だと思うよ、爽慈郎。カッコイイ」

 落ち込む俺を、パイロンは肯定してくれた。


「そ、そうか? ありがとうな」


 優しい言葉をかけられ、すっかり俺の心は浮ついてしまう。

 目を合わせられなくなって、顔を逸らす。


「そ、そろそろいいんじゃないか?」

 またも話題を変えて、パイロンの意識を大釜に向けさせた。


 まるで脈打つかのように、釜の液体が大きく泡を吐き出す。



『チーン』と、電子レンジのような音がした。



「できた」


 意志を持っているかのように、作業服が自分で釜から這い上がってくる。


 オレンジ色のツナギに武装が追加されている。服より濃い橙色のプロテクターが、関節部分や上腕、臑に装着される。




 背部装甲には、ダストバスターズのマークが。


「これが、俺の新しいツナギか」


 もはや、ツナギを通り越してヨロイと呼んでいいだろう。

 RPGなどで見る、全身鎧の形状をしていた。


「うん。名付けて『MOP《メイル・オブ・ピユーリファイ》』だよ。『浄化の鎧』って意味」


「ピューリファイは、『殺菌』って意味もあるな」


 俺が言うと、パイロンが「それもそうだね」と吹き出す。


「よし、この鎧の名は『殺菌の具足』だ」

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