爽慈郎の欠点

 いっそ、「こいつ異世界から来た暗黒物質なんですよ」と教えてしまおうか。

 そうしたら、この悪夢から解放されるのでは。


 いやダメだ、よそう。

 それでは俺の方が病院に連れて行かれてしまう。


 それより、こいつは本当にパイロンなのか?

 影武者なのではないかと思えてきた。

 それくらい、いつもと雰囲気が違う。


 何より、自宅でのダラダラしたパイロンとは別人のように、テキパキと段取りを進めてい事に驚いている。


 服を捨てるかどうかであれだけぐずっていた少女と同一人物とは、とても思えない。


 札束がポンと社長の前に置かれた段階で、ようやく俺は我に返った。


 社長は金を突き返す。


「どういうおつもりでしょう?」

 今度は、パイロンが驚く番だった。


 社長が言うには、俺に自立して欲しかったという。「俺はここよりふさわしい場所で働いてもらいたかった」と。


 俺には、体のいい追い出しとしか思えない。


「そんなに、俺はいらないんですかか?」


「全然違うよ。能美さん、あなたには冷泉くんの訓練をお願いしたい」

 思いがけない言葉が、社長の口から出てくる。


「トレーニングなんて。彼のおかげで、こちらは随分と助かっていますよ。なんでも一人で判断して、仕事をしていますし」


「なんでも一人でできる。それは確かにすごいことです。けれど」

 

 一拍おいて、社長は続けた。




「キミでは、経営者にはなれないよ」





 全部一人で背負おうと思ってしまう。それが、俺の弱点だと。



「キミの考え方は、職人向きだ。職人としてなら、キミはきっとうまくいく」



 思い当たる節がありすぎる俺には、返す言葉もない。


「先ほど、能美さんの会社は少数精鋭だとうかがいました。たしかに、彼は協調性が欠如しています。しかし、黙々と一つのことに打ち込むのは得意です。御社でなら、きっと彼の力が活きるかと」


 俺が考えている以上に、社長は俺を買ってくれていたらしい。


「冷泉くん、キミにはまだだま伸びしろがある。しっかりね」


「ありがとうございます。では、失礼します」

 社長に一礼し、俺とパイロンは引き上げた。


「緊張したー」


 引き抜きなので、一応クビではない。円満退社である。


 これで心置きなく、魔王城の掃除に集中できるようになった。夏が過ぎてもパイロンに雇ってもらえる。


「気を使わせたな」

「いいよ。わたしがそうしたかっただけだから」

「経営者に向いてないって、言われた」

「頭にきた?」

「いや、自分でも分かっていた」


 俺の頭では、経営者は無理だろう。


 シビアな金の話はできない。大金を見ただけでビビる。


 客のコトさえ考えていなかったように思う。


 何がどれだけ必要で、納期はいつなのかさえ、パイロンに説明できなかった。

 掃除することしか頭になかったのだ。


 パイロンは違う。全部が頭の中にある。自分のことは平気でおろそかにするくせに、こういうのはうまい。


「肩の荷が下りた気がするよ。とにかく俺は、掃除のこと以外考えない。考えなくていいって分かったからな」

「ありがとう、爽慈郎」

 とにかく、もう夏休みだ。

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