意外なクヌギの特技
一見すると、単なるホットサンドメーカーである。だがこれは、両面とも平べったい。ホットサンドメーカーの特徴である膨らみがないのだ。
本当は九千円もするんだが、「激レアくん」に格安で譲ってもらった。
熱した鉄板に玉子を落とす。
「わあ、片手割りだ」
喜びながら、パイロンが俺の料理する様子を見ている。
「見てないでそっちも頼むぞ。期待しているんだからな」
さっきから甘い香りが漂う。
玉子の上にイカ焼きの生地をぶち込んだ。直後、プレートで生地を挟み込む。生地の焼ける音が心地よい。
待ちきれないという表情で、パイロンがこちらを覗き込んできた。
「どうだ。これが関西風イカ焼きだ」
皿に盛りつけたイカ焼きにソースをドバドバかける。
俺の方は、焼き上がったクレープを渡された。丁寧に紙で包装されている。
パイロンと真琴は、揃ってハフハフと焼きたてをかき込んだ。
「ん? これおいしい!」
パイロンは真琴と向かい合って、笑顔を振りまく。
地球の文化を知っているであろう真琴も、いつものクールさを失って頬張っていた。
「其が仕留めたクラーケンが、かような珍味に化けるとは」
「生まれて初めて食べたか、クヌギ?」
「いかにも、お主、人の子にしてはやるではないか」
口いっぱいにソースを付けながら、クヌギがやみつきになってイカ焼きを頬張る。大人なんだか子供なんだか。
「これ絶対売れるよ! お客さんも喜んでくれるって!」
「そうですね。これなら完売間違いなしです」
そこまで言ってくれたらありがたい。
イカを冷凍保存して、クヌギに掃除の手本を見せる。
数時間の後、その日はお開きになった。
「では、それがしは夕飯の支度を」
「え、お前、料理できるのか?」
「何を言う。それがしは元料理人ぞ」
そういうので、試しに作らせてみた。
彩り豊かな和食で、俺たちの胃袋は掴まれてしまう。
コンビニ弁当教だったパイロンですら、改宗するくらいである。
「恐れ入ったぜ。まさか、異世界で味噌汁と漬物に出会えるなんて」
クヌギの実家は、エルフ界ではそれなりに名の知れた名店の看板娘だったらしい。
「なんでも、『おーがにっく』とやらで、『ばずった』らしいのう」
クヌギの村からすると、普段の家庭料理を提供しているだけだそうだ。
顧客からすると、和食は「健康食品カテゴリ」に入るっぽい。
「確かに、『魔シュラン』で二つ星、と書いてあります」
ス魔ホでクヌギの実家を検索して、真琴が驚愕する。
そんなガイドブックがあるのか?
「それがなんで剣術家に?」
「先ほどの魔剣だ。剣術の道を捨てきれなんだ」
言いながら、クヌギの瞳に迷いの色がうつる。
「いや、建前だな。それがしは、家でいてもいなくてもいいい存在になっていてな」
親の跡を継ぐだけの生活が空しくなり、武者修行と称して家を出たという。
「その気持ち、分かるぜ。痛いほどな」
「爽慈郎殿?」
「家が偉大だと、なおさらキツいよな」
「う、うむ」
俺とクヌギは、そこだけは意気投合した。
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