セスキ炭酸ソーダ

 クレープ屋をやるなら、キッチンを使うだろう。今のうちに片づけるか。


 食器類はスケルトンに任せているが、水周りは自分でやりたかったのだ。見せたい物もあったしな。


 大きな金属製の鍋を、棚から出す。鍋底には、一面が黒ずんでいた。丁寧に洗ってはいるが、こびりついた黒ずみまでは洗っても落ちなかったらしい。


「こいつは、年季が入っているな」


 冷蔵庫からレモンを取り出す。半分に切って、鍋底を丹念にこする。


「レモンには、鍋の黒ずみを落とす作用があるんだ」


 ピカピカになった鍋底を見て、パイロンが驚きのため息をつく。


 続いて、スポーツバッグから、プラに入った粉末洗剤を取り出す。


「それは?」


「セスキ炭酸ソーダといってな。炭酸ナトリウムと重曹の複塩だ。汚れを落とす効果が、重曹の一〇倍はあるんだぞ」


 解説しながら、ゴム手袋を装着する。


 市販の化学洗剤でもいいとは思う。だが、相手は魔力がビッシリと詰め込まれた城だ。


「どんな魔力的化学反応が起こるか謎だ。結果、自然に近い素材を使うことにした」


「魔力的科学反応って、なんかバカっぽいね」

 パイロンは、俺の説明をバッサリたたっ切りやがった。


「うるさい。いいからこれ付けろ」


 予備の手袋を投げつけ、パイロンにも付けさせる。

 自前のポリバケツに水を注ぎ、粉末をひとさじ投入した。


「これを、排水溝に流すぞ。よく見ていろ」と、俺はバケツを傾ける。


 炭酸ソーダの入った水が、勢いよく排水溝へ流れていく。

「泡が立ってきたよ。シュワシュワーってしてきた」


 好奇心を隠しきれない感じで、パイロンが排水溝の中を覗いた。まるで子供みたいだ。


「驚くのはまだ早い。ここはしばらく放っておく。その間に、別の所を掃除しよう」


 次なるターゲットは蛇口まわり。


「隙間に、白い水垢が溜まっているのが見えるか?」

「うん。見えるよ」


 まず、重曹を周りに撒いて、歯ブラシで広げる。ただし広げるだけ。磨いたり擦ったりはしない。


 続いて、使わなくなったプラスチックカードをカバンから出す。

 カードはあらかじめ、厚物を切断できるハサミで両断してある。


「これは、ゲームショップの会員証だ。店が潰れたから用なしになった。それをハサミで二つに切ったものだ」


 カードの尖った部分を、蛇口の隙間に当てた。蛇口をコリコリ削ると、白い水垢汚れがキレイに取れる。


「すごいすごい!」

「やってみるか? 面白いぞ」


「やるやる!」と言いだし、パイロンも同じように蛇口付近を擦った。


 重曹の効果とカードの硬度でスッキリと水垢が取れる。地味な作業だが効果的だ。

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