爽慈郎の夏

「心配してくれてるんだぁ」

 パイロンが顔をほころばせる。


「一応な。で、実際はどうなんだ?」


「ラクじゃないけど、みんないい人達ばかりだから楽しいよ。そうそう、当日はわたしもクレープ屋さんをやるから、楽しみにしててね」


「そうか。もう夏なんだよな」


 俺も、もうすぐ夏休みを迎える。夏休みになれば、パイロン家で過ごす時間も増やせる。


「どうしたの?」


「いやな、俺って、夏休みをまともに遊んだ記憶がないなぁ、って」


 ずっと掃除の仕事をしていた気がする。夏を感じることは、「壁にカビが増えたな」とか、「布団、乾くかな」とか、実用的な考えしか浮かばない。


「仕事人間なんだね」

「俺にとって、掃除は遊びの延長だったから」


 そのせいで、俺は世相に疎い。興味があるのは、最新の掃除テクくらいだ。なにが流行っているのかもロクに知らない。


 幼なじみにどれだけ怒られたか。

 会えば毎回「協調性がない!」って言われるし。


 けれど、俺にはちょうどいい。掃除の間は、何も考えなくて済むから。


 俺は何でも一人でこなす。一人で達成できるようになりたい。


「友達とかいないの?」


「いるぜ。俺のクラスに『激レアくん』って、すげー奴がいるんだ」


 そいつは骨董品マニアで、人が見たらガラクタと思える品物でも、価値を知っている人を見つけ出して売る。一人鑑定団だ。


「オカルト系も扱ってるが、俺にはサッパリだ」

「スゴい人もいるんだねぇ」

「俺の知り合いだと、幼なじみくらいかな」


 口に出してみれば、二人くらいしかいない。


「みんな、お掃除で繋がっているんだね」


 言われてみればそうだ。


「わたしも、お友達かな?」

「顧客……ってイメージじゃないな。友達だな」


 そのせいで、金関係で討論になりかけたが。


「イベントが終わったら、一緒に屋台でも回ろっ」


 実に楽しそうな表情で、パイロンは語る。こんな顔も見せるんだな。いつもグータラぶりで、気だるそうな顔なのに。


「どうしたの? わたしの髪に芋けんぴでも付いてる?」


 不思議そうな顔をしながら、パイロンがえらく独特なギャグを跳ばす。


「意外だなって。イベント関係には消極的かも、と思ってたから」


「そういえば、今日は遅かったね」


 爽慈郎は、その日起こった出来事を話す。

「クラスで文化祭の企画会議だったんだが、模擬店の抽選に漏れてな」


 目に見えてクラスの士気が落ち、誰一人まともなアイデアが出ず、次回に持ち越しとなった。出し物を決めるのがこれだけ遅れているのは、ウチのクラスだけらしい。

「このままだと、夏休み返上で企画を練らなければならん」

「えーっ!?」

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