パイロンの抱擁

 立ち去ろうとする俺の両肩を、パイロンが掴む。

 仕方なく、俺は木の椅子に座った。


 スポンジの感触を背中に感じる。むず痒い感触が背中を伝う。真後ろにパイロンが裸で座っていると思うと、気が気でない。


「今日はありがとうね、爽慈郎」

「面白かったな。やり甲斐のある仕事だった」


 こいつはこいつなりに、俺を労ってくれているのか。


「こっちこそありがとうな。背中まで流してくれて」

「いいよ、こんなくらい」


 パイロンの白い腕が、俺の腰に回される。


 今まで体験したことがない、柔らかいふんわりとした物体が、俺の背中に当てられた。ボリュームがあって、程良い弾力もあって。これてまさか!


 温泉に入っているときより、俺は身体が熱くなってくる。のぼせてしまうくらいに、頭がボーッとしてきた。


「パイロン、いい加減に」


「ホントにね、爽慈郎には感謝してるんだよ」


 パイロンの肌が温かい。

 のぼせている俺より、緊張しているのか?



「いや、まだ初日だぞ。大して働いてないだろ?」

「わたしには分かるよ、爽慈郎はきっと成し遂げてくれるって」


 ほんの少しだけ、パイロンが腕に力を入れる。


 そうか。頼りにしてくれるんだな。


「俺でよければ、いつでも呼んでくれ」


「うん……」

 もの凄い力で、椅子が反転される。


「じゃあ、前も洗うね」


「自分でやるから!」

 超特急で身体を洗い流して風呂場を出た。


「うーん、つれないなあ」

 パイロンが身体を洗い出したらしい。


 バスタオルで身体を拭いていても、俺の耳を刺激する。


「つれないも何もあるか!」

 着替えを終えて、俺は帰り支度をした。


 エントランスに風呂から上がってきたパイロンが。ピンクのパジャマを着て、湯気を連れている。


「ご飯、食べてく?」


 スマホの履歴を確認して、オレは首を振った。

「すまん。もう家で用意してくれてる。今日は帰るよ」

 

 俺だって、本当は。

 しかし、こればかりはどうしようもない。


 俺には俺の日常がある。


「そっかー」

 残念そうに、パイロンがしょげた。


 俺はパイロンと真琴に見送られ、現実の旧校舎へ。

「悪いな。掃除道具も預けてしまって」


「こちらが頼んだことでので、お気になさらず。では、着替えの作業着はこちらで干しておきます。何なら、何着か置いて下さっても結構ですので。では」

 真琴が礼をする。


「ありがとうな。じゃあ、また明日」


「お気をつけて」


 真琴に挨拶をした後、隣のパイロンを指さす。


「ちゃんとベッドで寝ろよ」


「ばいばーい」

 パイロンに手を振られながら、俺は家路へ向かう。

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