針なし画鋲

「それ何? 粘土?」


「世の中には、針なし画鋲ってのがあるんだ」


 細いゴムを指で千切る。指でこねると、粘性のあるゴム玉に変化した。これをアクセサリにくっつけると、画鋲に早変わり。


 これなら家具を傷つけない。取り外しも簡単で、簡単に小物だけを交換できる。


 俺はパイロンと約束した通り、棚にある細工をした。標本などをしまうガラスケースに、思い入れのあるブローチ類を収め、立てかけられるようにしたのである。


「大事なものだから、ずっと見ていられるようにしておいた。お前の目線に合わせてある」


 俺の説明を聞きながら、パイロンは口元を両手で押さえ、涙ぐむ。


「ありがとう。爽慈郎!」

 パイロンが、俺の首に抱きついてきた。


 さっきの柔らかい感触を思い出してしまい、俺の顔に熱が籠もる。


「は、離れろ。離れてくれ、パイロン。ここからが大事な話なんだ。今からよく聞けよ」


「はい、社長」と、パイロンが急にしおらしくなった。


 社長って、気が早いな。


「お前がこの状態を維持できるかどうかはお前次第だ。こればっかりは、俺にだってどうにもならん」


 掃除や整理整頓に大切なのは、もう散らかさないこと。


 掃除や片付けとは結局、自分との戦いである。

 気を抜いて怠けると、どんな部屋でもすぐに散らかってしまう。

 汚部屋にリバウンドするのだ。


「わかったよ。ちゃんとこの状態を保てるようにするよ」


「いい心構えだ。おっと、こんな時間か」


 気がつけば、もう夕方じゃないか。早く帰らないと。


「お疲れ様でした。今日はこれで」


「俺はまだまだできるけ……ど?」


 急に足の力がなくなって、俺の身体がよろめく。自重を支えきれず、とうとう尻餅をついた。どうしてだか、身体に力が入らない。


「多数のスケルトンを動かした反動です。人間の身で、あれだけの数を動かすだけでも凄いのですが」


「そうなのか?」


 真琴に手を引かれ、起き上がる。


 スケルトンを動かすには、精神力も僅かながら消耗するらしい。

 それが数千体も動かしていたんだ。

 ドッと疲労が出るのも当然か。

 扱いに慣れていないのもあるという。


「少し休んでからお帰り下さい。大浴場をご使用なさって結構ですよ」


 あの露天風呂か。


「でも、悪いよ」


「その格好では、お家に帰った後が大変なのでは?」


 真琴に言われて、俺は自分の作業着を見直す。ホコリや水汚れですっかりドロドロだ。


「確かに、これじゃあな」


 そう言えば、自分の汚れなんて特に意識したことないな。


「お湯を張りに参ります。お使い下さい」

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