パイロン自室編① ストッキングで……

 掃除を初めて約三時間が経過した。


「自室周辺の通路は、あらかた終わったぞ」


「うわあ、早いね」

 パイロンはそう言うが、自分では納得できていない。まだやるべき事は沢山ある。


 ベッドの上には、見事なまでに服の山ができていた。

 文字通り『山』である。


「よし。あとはこれをもう一度タンスへ入れるんだが、一つ条件がある。二年以上着ていない服は捨てろ」


「えー」と、パイロンからブーイングが飛ぶ。


「えーじゃない。二年着ていない服は、何年経っても絶対に着ない。興味がないんだ」


 二年もあれば背丈も体型も変わる。着られなくなってる可能性だってあるのだ。だから捨てても問題はない。


「でも、もったいなくない?」


 こいつ本当に魔王の娘なのか? えらい貧乏性だな。


「じゃあ聞くが、七五三の着物とかも取っておくのか? もう着ないんだぞ」


「魔界に七五三なんてないもん」

 口を「むー」と真一文字にして、パイロンが黙り込む。


「口答えするな。ガキの頃の服を捨てろって言ってるんだ。捨てても心は痛まないだろ?」


 女性に服を捨てろと指示を出すのは、俺も気が引ける。

 が、そのくらいの覚悟がないと、事態は収拾できない。


「これは結構、荒療治だ。お前の場合、タンスに服が入りきらない。今からそのスペースを作る。着ない服はなるべく捨てろ」


 パイロンもどうにか納得してくれたようで、作業が始まった。


「着ない物、着られなくなってる服はポリ袋に入れていけ。後で俺が処分する。お前の仕事は当面、悩むことだ」


「悩むの? 悩んでていいの?」


「母が言っていた。気軽に物を捨てられる人は、気軽にいらない物を家に持ち込んでしまう人だ、ってな」


 いかに、いらない物を持ち込まないかが大事なのだ。


「じゃあ、悩んどくね」


 少しばかりパイロンが服を整理する。

 白い手が、黒のストッキングに触れた。


「ああ、待った待った。大事な事を言い忘れていた」


 ストキングを捨てようとしていたパイロンの手が止まる。


「そのストッキングは取っておいてくれ。俺が使う」


 俺が言うと、パイロンはニンマリと笑った。

「なんだぁ。言ってくれたらプレゼントするじゃーん」


「何考えてるんだ? 趣味で集めてるわけじゃないぞ!」


「隠さなくたっていいって。人の趣味趣向にまで干渉しないよ、わたしは」


「違うって! ちょっと貸せ!」


 パイロンからストッキングをひったくる。

 

 針金式のハンガーを一本拝借して、縦方向に曲げた。

 菱形になった針金ハンガーに、ストッキングを通す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る