マーゴット・シグ

「でも、悪魔なのはホントだよ」

 そう言ってパイロンは指を鳴らす。


 ドレスが一瞬で制服へと戻る。また指を鳴らすと、制服がドレスへと変わった。


「信じた?」


「ああ。まあな」

 タネや仕掛けなど、トリックは見られなかった。「じゃあ、俺は本当に魔界に連れてこられたと」


 どうやら、あの模様はいわゆる魔方陣だったらしい。どうりで落ちなかったわけだ。


「お呼びだてして申し訳ありません。冷泉れいぜん 爽慈郎そうじろう様」


 パイロンの隣に、同じように禍々しい衣装を着た少女が立つ。

「お前知ってるぞ。志垣しがき 真琴まことだよな?」


 クラスメイトの顔をした悪魔だった。


 小悪魔と形容した方がいいか。


 ショートボブの黒髪とメガネ。

 いつもの制服と違って、身体にピッチリと貼り付いた紫のドレスを纏う。

 足首まで隠したワンピーススカートだ。


 パイロンより背が頭一個分低い。が、真琴の方が断然大人びていた。足下のヒールが、より大人っぽさを演出している。


 学校では文学少女で、常に窓際で本を読んでいる。クラスで浮いた存在だった。まさか、魔族だったとは。


「申し遅れました。私の名は志垣真琴。この世界での名は、マーゴット・シグ。ここの司書をしております」


 背中に堕天使の様な黒い翼を生やし、先の尖ったシッポまで生やしている。

 コスプレかと一瞬思ったが、自立して動いている。

 どうやら本物に、シッポが生えているらしい。


 やれやれ、とんでもない所に来てしまったと、俺は心の中でため息をつく。


「じゃあマーゴット・シグ。お前ら、俺に何をした?」


「別に。ただ、この世界に来てもらっただけです」

 業務かのように、真琴は淡々と答えた。


「この世界とは?」


「ここは、魔王ザイオンの統べる城、万魔殿(パンデモネゥム)です」


 魔王だと? 何を寝ぼけたことを。


「ウソではないよぉ。あなたをこの世界に呼んだのは、わたしがマーゴットに頼んだのです。ごめんなさいね。もう起きて大丈夫だよ。コーヒーあるのでどうぞぉ」


 トレイに載ったコーヒー牛乳を差し出す。


 パイロンの周りには、半球状のソファと丸形テーブル、コーヒーのセットが置かれている。


「おい、これって」


 てっきり、お上品な容器で優雅にコーヒーセットがご登場するものだとばかり思っていた。


 パイロンが用意してくれたのは、パックのコーヒーと牛乳だ。メーカーも、荘厳な部屋には似つかわしくない市販の安いコーヒーである。

 甘さを抑えた低糖タイプ。

 牛乳には、三割引のシールまで貼られていた。


「おお、俺の好きなメーカーじゃないか」

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