第一章 ゴミ屋敷 万魔殿《パンデモニウム》

パイロン・ネゥム ー魔王の娘ー

 目が覚めると、俺は見知らぬ部屋にいた。部屋というか空間というか。


 見た目は、大規模な図書館を思わせた。

 書物庫より大量の本が、天井近くにまで積み上げられている。世界中の本棚を寄せ集めて築いた要塞、と形容すべきか。


 不思議な景色だった。俺の世界では、まず見たことがない。


「ねえマーゴット、本当に大丈夫なの?」


 能美いろは……らしき声が、俺の耳から聞こえてきた。


「実力はご覧になったはずです」

 続いて、別の少女の声が。


「けどさ、また逃げられたら……」


 二人の少女が、俺の側でヒソヒソ立ち話をしている。


 俺が起きたことに気づいたのか、少女の一人が俺に顔を近づけてきた。


「起きた?」

 能美いろは……によく似た少女だ。


「ここはどこだ?」

「私のお家だよぉ」


 セミロングの茶髪を片方団子に結んだ少女が、俺に挨拶をする。

 さっきまで、ウチの制服を着ていた少女だ。


 今の衣装はまるで、悪魔じみている。フリルの付いたボンテージ姿で、実に仰々しい。



「お前、能美いろは、だったよな?」

 ドレスに身を包んでいるのは、さっき俺に一服盛った少女だ。


 起き上がろうとしたが、まだ頭がふらついて身体を起こしきれない。


「もうちょっと横になっててねー」

 少女が俺の肩に手を添えて、俺を再度寝かせる。


「初めましてぇ。わたしの本当の名前はパイロン・ネゥム。魔王ザイオンの娘でぇす。能美いろはっていうのは、変装時の名前だよ」


 おっとりした感じに反して、容姿は肩を出した黒のドレスだ。


 俺に顔を近づけてきたが、顔より胸の方が近い。


 想像以上だった二つの膨らみを意識して、俺はドキッとなる。


 そのボリュームときたら、ドレスから溢れ出さんばかり。ワンピースのスカートは短く、ゆったりとしている。足下は茶色いローファーだ。


「ここは、パパが統べるお城、万魔殿パンデモニウム。魔界で一番大きな建物だよ?」


「なんだと? するとここは」


「魔界だね。異世界って言えば分かりやすいかな? わたしはいわゆる魔族だよ?」


 あっけらかんと、少女は自身を悪魔だと言い放つ。


「イマイチ信じられん」


「そう? なんで?」


「全然怖くない」


 異世界か。妙な浮遊感というか、場違い感はあるが。それでいて、妙に居心地が良すぎるのだ。


「あぁ……そうだよね……」

 理由を言うと、パイロンはシュンとなって、おとなしく引き下がった。


「あまりに唐突すぎて、頭が冷静になってしまったのかもしれん」

 落ち込んでいるようだったので、フォローを入れる。


 第一、パイロンが人を驚かせるのが好きだとは思えん。

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