掃除バカコロリ

 最後に立ちはだかるのは、唯一残っている教室だ。


 能美によると、「書物庫」らしい。


 床に本がびっしりと置かれ、四方には同じサイズの棚が揃う。本には何やら模様や見慣れない文字が描かれている。


「変わったタイプの書物が大量にあるが、特に指定はないか?」


「えっと、ないよぉ」

 だったらと、適当に揃えていく。


「捨てる本もないんだな?」

「うん。全部必要だよ」


 俺は本のホコリを取り払い、棚に並べた。


「間違えていたら言ってくれ」

「特に間違いはないよ。そのペースでお願いね」


「ほいきた」


 こんなにやり甲斐のある掃除は久しぶりだ。なんたって旧校舎全体だからな。久しぶりに汗をかいた。


「終わったぞ」


 かれこれ一時間くらいか。木製の校舎が見違えたように片付いた。コンクリート造りの新校舎よりキレイだ。


「すごい。一階から三階まで、すべてをやりきるなんて。それも一人で」

 能美が声を上げる。驚きが半分、呆れが半分という感じで。


 ついつい力が入りすぎてしまったかな?


 夏が近いからだろうか、まだ日が沈んでいない。


 一時間も、タイムを縮めてしまった。


 自分で自分が怖いな。


「あとは、これだけなんだがなぁ……」

 俺は、書物庫にこびりついた妙なシミに手をつく。


 今回の掃除で心残りなのは、床に刻まれた模様だけは落とせなかったことだ。


 円形で、直線で描かれていない。

 ミミズの死骸のような黒いシミで、輪ができている。

 

 文字なのか絵なのか、俺には判別できない。


 オカルトの類だろうか? 

 しかし、我が校にオカルト研究会があった歴史はないはずだ。


 手持ちの洗剤では落ちなかった。

 今度、実家から強力な洗剤を用意しよう。木製の床だから、いっそ削り落とそうかとも思ったが。


「大丈夫。ここはこのままでいいから」


 能美いろは深々と頭を下げた。パックのコーヒー牛乳を差し出してくれる。


「じゃあ、これはお礼です。飲んでね」


「サンキュな」と、俺はストローを差して飲み干す。あーうまい。一仕事終えた後の一服は最高だ。


「ありがとう。あなたのような人を探していたの」


……? なんだろう。めまいがしてきたぞ。いつの間にか疲労が溜まっていたか? 久々に大仕事をしたからな。


「じゃあ一緒に行こっか。わたしたちの住む世界へ」


 床のシミが緑色の光を放った瞬間、俺の意識は吹っ飛んだ。


 最後に写ったのは、空間が湾曲し、渦のようにドロドロに溶けた景色だった。


「た、謀った、な」


「えへへ、ゴメンね」

 無邪気に、能美が笑う。


 その時に気付いたんだ。

 さっき飲んだコーヒーに、一服盛られたのだと。

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