#魔女集会で会いましょう――勇者と舎弟
思わず手を引っ込めると、深紅のルビーを溶かしたような少年と目が合った。
「あ、ごめんなさい。これどうぞ」
そう言って差し出す少年の手には太陽に光り輝くリンゴが握られていた。
「すまない、いただこう」
「いえいえお姉ちゃんのほうが早かったし、そのリンゴさんもきれいな人に食べられた方がよろこぶと思うので」
ずいぶんませたことを言う少年だと思っていたら、案の定店のおやじの方からからかいの声が上がった。
「なんだ坊主、若ぇのにナンパか?」
「そ、そんなんじゃありませんよ。ただぼくは本心を言ったまでです」
それがなおたちが悪い。
白髪頭の少年は身体全体をめいいっぱい使って抗議の声を上げる。それを楽しそうにからかう店主も店主だがこういった光景は何だが和む。
わたしに弟がいればこんなやり取りもあっただろう。
そこまで考えて慌てて首を振るう。
何を考えているんだわたしは。そんな可能性みじんもないというのに。
「とりあえず店主。こいつとこいつをいただいても?」
「ああ、銅貨二枚だ」
「ああそうだ少年。君も選ぶといい。君も何か買うものがあってこの店に立ち寄ったのだろう?」
「えっ⁉ でも、いいんですか?」
「ああ、金なら余すほどあるんだ。それに先ほど嬉しいことを言って貰ったからな。そのお礼と思ってくれ」
そう言うと何度か躊躇った白髪の少年も、わたしの圧に屈したらしく店の籠の中からリンゴ二つと、ザクロ四つを取った。
「では店主、感情を」
「かぁー!! そんな一度でいいから台詞言ってみたいねぇ。まけてどうか十五枚でいいよ」
財布袋のヒモを解き、その中から銀貨一枚わたすと、釣りを数えようとした店主の動きを止めて見せる。
「釣りはいい。あまり細かいのは持ちたくなんでな」
「はぁ? 俺がまけてみせた意味ねぇだろキキョウちゃん。ここは男らしく格好つけさせてくれよ」
「なら今度買い物に来るからその時にでもサービスしてくれ」
そう言って青果店をあとにしようと踵を返すと、後方でわたしの名前を呼ぶ少年の声が聞こえてきた。
「キキョウさん。ちょっと、待ってください」
「……なぜわたしの名前を」
「さっき、店のおじさんが叫んでました」
「ああ、そういえばそうだったな。……で、わたしに何の用だ」
胸を押さえて大きく深呼吸する少年。
徐々に呼吸が整うとその身体にはあまりにも大きすぎる紙袋を抱えて、深紅の瞳がわたしを見上げた。
その表情には何かを決意した者の顔が張りついていた。
「キキョウさんにお願いがあるんです」
「先ほど偶然出会ったようなわたしにか?」
「はい綺麗なおねぇさんにです」
「……内容によるが、まぁ聞いてやらないこともないな」
綺麗の一言でまんざらでもない気分になるわたしもまだ未熟ものだな。
こんなんでは魔王を倒すのはずいぶん先か。
悟られないように肩を落とし、改めて少年を見れば真面目な反応が返ってくる。
よほど素晴らしい教育を受けた少年なのだろう。
無学なわたしとは大違いだ。
「で、その頼みとは?」
「僕を男にしてください!!」
思考が弾けた。
男?
男とはあれか。そういう意味の男か?
脳内に数えきれない疑問符が思い浮かび、思考が埋め尽くされる。
つまりこの少年は男女の営み的なアレのことを言っているのか。
ようやくフル回転する思考に追いついた脳が血液を沸騰させ、頬が紅潮していくのがわかる。しかし何かの間違いという可能性もあるので、あくまで平静に保ったまま話を促してやれねばならない。
間違いを正すのも大人の役目だ。
大きく咳ばらいを打ち、改めて少年を見下ろす。
あまりにもはっきりと真面目な顔で頷くもんだから反応に困る。
とりあえず――。
「そこに店で話そうか。町の往来でするような話じゃない」
「――あっ」
そう言ってあたりを見渡す少年は道行く人々の注目の的であった。
皆が互いに声を潜めて何かをささやきあっている。
徐々に紅潮していくのはわたしだけでないようだ。
恥ずかしさに身を縮ませる少年は、背中を小さく丸めると、
「はぃ」と掠れた声を漏らして項垂れるのであった。
―――――
結果的に話をまとめればわたしの勘違いで済んだ。
危うく大恥をかくところだったが傷口が最も深いのは目の前の少年だろう。
目の前に出されたショートケーキに視線を落とし打ちひしがれている。
丸まった背中が居たたまれない。
まぁ往来であんなことを言えば当然か。
この年でそういった知識を携えているのもあれだが、今回ばかりは場所が悪かった。
しかしいつまでもこうしてにらみ合いっこしている訳にもいかないので、わたしの方から話を切り出した。
「それで、男にしてくださいというのはどういう意味だ」
「えっと、ぼくにはあこがれの人がいるんです」
「あこがれの人? それは年上の子か」
「はい、アリスおじょうさまという方なのですが、僕はその舎弟なんです」
「――ぶっ!?」
危うくコーヒーを吹き出しかけた。
口に含んだ黒い液体をゆっくりと飲み下し、息をつく。
いきなりヘビーな話題なのだが、つまりそういうあれかこの流れ的に、
恋・愛・相・談と言うやつか!?
生まれてこの方そんな恋だの愛だのにうつつを抜かす暇などなかったわたしに?
こういった話題はよく貴族のお嬢様などに尋ねられてきたが、わたし自身恋などしたことないからぴんと来ずはぐらかしてきたがは果たしてこの少年の恋を後押しできるのだろうか。
まずい。ものすごく責任重大な気がする。
「ぼくはお嬢様にいろいろ尽くしていただいて、おじょうさまの下で働かせていただいているんです。けど、ぼくはもっと
「ほ、ほうほう。それでそのお嬢様はなんと?」
「まだおぬしは未熟だから駄目だと。でもなかなか諦められなくて、だからぼくはやく男になっておじょうさまに仕えるようになりたいんです」
それはやっぱり永遠にとかついてしまう告白なのか!?
これは間違いなく恋愛と言うやつだ。
姫様もたしか、従者の眼が時々かわいいとか言ってたからきっとそういった主従関係から発展する恋と言うやつなのだろう。
見かけによらずなかなかハードルの高い恋をしている。
「ちなみにその人の年齢はわかるのか?」
「わかりません。でもおねぇさんよりすごく年上なのはわかります。――あ、あとすごく肌がきれいで美人さんなんです」
わたしより年上。しかもすごくとつく辺り三十代か四十代の年齢層か。
写真でもあればぜひご尊顔を拝見したいところだが、ないなら仕方がない。
それにしても人生初めての恋愛相談がまさかこんなヘビーなものになるとは。
少々覚悟が足りなかった。
「それまたずいぶん困難な道を選んだな。いばらの道だ」
「やっぱりそうなんですか!! ぼく、(弟子になれるよう)必死にお願いしているのになかなか認めてもらえなくて」
「それは君がまだ子供だからだ。君の望むような関係になれば困るのは少年だけじゃない。君が重い慕うそのお嬢様にも世間の刃が牙を剥く。
「そう、なんですか」
弾かれたように顔を上げ少年が一転、語調を弱めて項垂れ始める。
現実の厳しさを改めて思い知ったのだろう。
だけどこの少年は椅子から身を乗り出した身体をゆっくりと座り直し、姿勢を正す。
深紅の瞳が言っている。
ここで諦めるわけにはいかないと。
「……ここまで言っても。それでも君は諦めないんだな」
「はい!!」
そう言って元気のいい返事が返ってくる。
まるで同意者を見つけたような顔をするのはいいが、わたしの内心かなり危ういのがこの少年はわかっているのだろうか。
したり顔で頷いて見せるが、身体の中では恐怖と緊張に心臓が脈打ち、額と背中に冷たい汗が流れている。
「え、えっとこれはあくまで確認なんだが。君はその人とどうなりたいんだ?」
「はい!! ぼくの全てをささげてもいいくらい尊敬している人です」
「……そこまでか」
震える声を悟られないように必死に取り繕う。
いやこれはもうどうしようもないな。
諦めのため息がくちから漏れ出る。
「ぼくはどうすれば男になれますか!!」
そんな期待の眼差しの目を向ける少年に、いまさら恋をしたことないからアドバイスできませんなど言えるものか。
とりあえず、貴族のお嬢様方並びに姫様の恋愛胸ドキ体験談を参考に、理想の男子像とはを熱く語る。
熱心にわたしの助言に耳を傾ける少年はやがて、大きく頷いてその場から立ち上がった。
「わかりました!! とりあえず女性の求める男の人は毎日枕元で愛をささやき、時に厳しくあたり、背中から手を回したり甘い言葉をささやいたりする人のこと言うんですね!!」
「あと嫌がることをたまに強要したり、あえて我が儘を言ってこまらせるような押しの強い奴もいいらしい」
「そうですか。ぼく今までおじょうさまのいう通りにしてきたけど よし!! さっそく今夜やってみます」
「ああ、強く生きろよ少年」
正しく敬礼して去っていく純朴な少年を見送り、その小さな背中が人ごみに紛れ消えていく。
そしてしばらく少年が去っていった場所を眺め、冷めきったコーヒーを口にすると、わたしは机に突っ伏すように項垂れた。
「まさかこんなことで頭を悩ます日が来るとは。とりあえず許せ少年 ……わたしにはまだ恋愛は早いようだ」
少年がその女性を泣かせて嫌われないことを切に祈るばかりである。
そしてその晩。入居したての三階から「愛してる」と下まで聞こえる怒涛の口説き攻めに、気味の悪い悲鳴が聞こえたそうだが、それはまた別のお話。
気まぐれ異世界へようこそ 川乃こはく@【新ジャンル】開拓者 @kawanoue
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