#魔女集会で会いましょう――魔王と魔女
完全修復された魔王城の一室。
あれほど朽ち果てた城を再構築し直すのに骨が折れたが、まさか早朝にこんな来客が来るとは思わなかった。
太陽が照り付けるテラスで、世界の宿敵二人が顔をそろえて、食事を楽しむ。
近隣の王国からしたらそれこそ相当ものの事実だが、あいにく我は魔王だ。人間の事情に気を遣うほど愚かな存在ではない。
食事は我が用意した。
朝食がまだだったこともあり、竈に火を入れ調理を始める。
途中、魔女から「手伝おうか」と申し出があったが丁重に断った。
客を調理場に立たせるわけにもいかないし、ないより奴が料理などしようものなら再び魔王城が半壊しかねない。
せっかく修繕した城を壊されるのは御免だ。
その代わりに、調理場に立つ稀代の魔王と爆笑されたが、それくらいで済むなら安いものだ。
そうして朝食の準備を整え、食事をすればつい昨日の顛末各地から零れ、魔女に呆れられてしまった。
「なるほどのぅ、魔女の月夜に度重なる魔素の高まりを感知しとったがただの親子喧嘩とは。前々から不思議に思っとったが、あれじゃな……おぬしは阿呆か」
「そういってくれるな。我はこれでも真剣なんだ」
「ぬしが一言すまなかったと謝ってしまえばそれで済む話ではないか。世界を巻き込んだ親子喧嘩をそう何度もされては親子仲の前に世界が壊れてしまうよ」
そう言って、深紅に揺らぐアシカスのワインをグラスで弄ぶ黒魔女のアリスがクツクツと笑みを漏らし、ゆっくりとグラスを傾ける。
我も同じようにアリスが持参した特製ワインを口に含めば、芳醇なアシカスの酸味が鼻に抜け、目を見張る。
「ほぅ、なかなかうまいなこれは」
「そうであろう。私の城で育てたアシカス園から作ったものだ。これはその中の最高傑作の一つよ」
ほぅ、人間嫌いのお前がそこまで言うとは珍しい。
「ふふっなにせ自慢の舎弟じゃからな。よく働いてくれる」
「ああ、お前が一年前に珍しく慌てふためいて連絡をよこした例の弟子か」
「ただの舎弟じゃよ。そんな大層なものじゃない」
頷き、グラスを傾けるアリス。
彼女と我はそれこそ腐れ縁といえるほどの仲だ。
我が生まれた年にはすでにこの魔女は先代魔王の知己だった。
年齢にしてみれば確か十ほど離れていたような気がする。
その当時から実力のある魔女として先代に仕えていたがある日を境に袂を分かった、と聞いている。
その理由を詳しく知らないがどうやら、先代の最期を看取ることなく物別れに終わったらしい。
いまでもこの旧魔王城を訪れるのは先代の墓参りも兼ねているのだろう。
今でこそ立場が逆転してしまったが、我が認める数少ない友人の一人でもある。
「それで終焉の魔女はその舎弟から逃げてきたと」
「おぬし言葉には気をつけろよ? 落ちぶれた魔王なんぞ先代のバカのように簡単に呪い殺せるのだからな」
実際に見たことはないがこの終端の魔女と名高い彼女は冗談を言わない。
世界を一つや二つ潰すような力の持ち主であることも真実だ。
それでも彼女は我を殺せない。
「ふぅ、まったく脅しがいのない奴じゃなお前は。おぬしがまだ小さい頃は簡単にピーピー泣いたものを」
「昔の話だ。で、話を戻すがお前から我に会いに来るのは珍しいな。隠遁生活に飽きたのか? いのちを狙われているのなら少しくらい手を貸してやってもいいが」
「たわけ、恋人でもあるまいに何故おぬしがわたしの心配をする」
「なら、後ろの物騒な従者はなんだ」
太陽の光で伸びる影の奥に目を向ければ、赤い眼光が四つ不遜にも我を睨みつける。
魔族がほとんど消えたご時世に珍しいものを連れている。
「ああこいつらか。なぁに坊主を慕うペットたちじゃ。私が逃げないようにこうして見張ってるという訳じゃな」
「ふっ、弟子に監視される終端の魔女か。たまたま拾った子犬が想像以上の厄種で己の首を絞めるなんて笑えないな」
「おぬしも似たようなもんじゃろう」
「違いないな」
そう言って笑いあうとステーキの切れはしを口に入れゆっくりと咀嚼するアリス。
久しぶりの再会という事もあって、いたずら心に火がついてしまった。
ついぽろっと疑問が漏れてしまった。
「そういえば、弟子が少年という事はお前の少年好きは相変わらずなのか?」
「むふっ――!?」
すると顔を赤くするアリスが咽たように僅かに吹き出し、食って掛かるように鋭い視線で我を睨み。身を乗り出してきた。
しかし事実は事実だ。
喉元まで出かかった言葉が結局声にならず、深く腰を下ろして大きく息をついた。
「はぁ、だから弟子じゃないといっとるだろうが。それにこやつらは今のところ問題はない。ただ、私もまだ死にたくないのでな。おぬしが娘に殺されていなければ頼むとするよ」
「それは保証しかねるが、他でもないお前の頼みだ。何とかしてみよう」
友人としての談笑はここまで。
ここからは世界を震撼させる巨悪の姿が顔を出す。
大量の魔素が小さな一室に押し込められる。
光を通さない魔素の塊は室内を闇で灯し、青白い魔炎が蝋燭を煌々と灯した。
これで少なくとも盗み聞きされる心配はない。
「で、本題は」
「……王国の動きが活発になってきた。不吉な予感がする」
グラスを傾けた手が僅かに止まる。
ゆっくりとグラスを降ろしてアリスを見れば、未だ変わらぬ
「根拠はなんだ?」
「魔女の月夜。つまりおぬしらの親子喧嘩の夜に二か所、魔素の高ぶりを感知した。初めは気のせいかと思ったのだが、こうも続けば思い違いなのではない」
それは穏やかな話じゃない。
我と娘以外、魔王と同等の魔素を扱う者は目の前の終端の魔女とその少年くらいだ。それに近しい者と言えば南に住む森の賢人か、娘の仲間くらいのものだ。
「おそらく王国が何かを企んでおる。おそらくおぬしは親子喧嘩で気付かぬと思ったから昔なじみの縁で忠告をな」
「それはありがたい。キキョウとの戦いで全く気付かなかった」
「まぁ年頃の女心もわからぬような堅物のおぬしのことじゃ、当然じゃの」
そこをつかれると痛い。
我も我でそれなりに考えているのだが、どうにもうまくいかない。
「まったく人間というものはままならぬものだな」
「それに関しててはおおむね同意じゃな」
「とりあえずこちらもいくつか手を打っておこう。だが、情報戦の方は期待しないでくれ、あいにく我の腹心はもうほとんどいない」
「はなからおぬしには期待しとらんわ。これはあくまで友人としての忠告じゃ。なにもせず知己が死ぬのはもう見たくないのでな」
それは先代のことを言っているのだろう。
そう言って食器を鳴らすと、アリスは立掛けた杖を取り、椅子を引いて立ち上がった。
「なんだもう帰るのか?」
「弟子にお使いを頼んだついでに抜け出したのでな。こっそりどこかへ行ったのがバレれば後ろの監視になにをされるかわからん」
肩をすくめてみせるアリスがどこか楽しそうな響きで踵を返す。
きっとその舎弟と言う少年を拾ったことで彼女のなかで少なからずの変化があったのだろう。依然の世界全てを呪っていた彼女とは違う顔だ。
よかったと思う反面、少しだけ悔しいと思う自分がいる。
なにせ我にはできなかったことだ。我は常に彼女を傷つけ生きてきた。彼女の心も精神もその想いも全て踏みにじってここにいる。
我にアリスの慰める資格などない。
皮肉にも、悠久の時を生きる我らは己で変化することはできない。
いつだって我らを動かすのは人間だ。
そして今日の忠告はなにも我を心配してのことじゃない。
むしろ彼女は我に助けを求めてきたのだ。
自分の拾ったちっぽけな存在を守るために。
終端の魔女と孤高の存在であった彼女が我を頼るほどに。
だからこそ我はこういわずにいられなかった。
「ふっ、まるで子持ちの母親だな。アリス」
すると去り際に歩き出した魔女が足を止め、意外そうに大きく目を見開いて我を凝視した。
その瞳に驚き以外に、別の感情が見え隠れする。
「……なんだ。そんなに意外か?」
「ああ、ここ百年ぶりの驚きじゃ。まさかグリア。おぬしが私の名を呼ぶなど」
そう言い淀んで目を伏せるアリス。
まぁ普段の我からすれば考えられないだろう。
我とてお前の名前を呼ぶのは二百年ぶりだ。
なにせ我は魔王を継承するうえで、全ての人格と記憶を剥奪された身なのだから。
だが――
「君の言うように俺は落ちぶれた。それでも俺は俺だ。魔王継承の際に必死にそれを阻止しようとしてくれた君の友だ」
「……何をいまさら、おぬしは結局、私の思いを踏みにじったことには変わりない」
「確かに俺は魔王の座を取った。そして君の忠告通りいまは世界にしがみつく哀れな存在になれはてた。だけど、それでも俺は最後の時までお前との縁は大切にしたい。それはほとんどの記憶が剥奪された今でも変わらない」
「グリア、まさかおぬし――」
「アリス。そろそろ君の愛すべき弟子が返ってくるんじゃないか」
言い淀んだ言葉を語らせまいと先に言葉を挟む。
そう、これでいいのだ。
伝えたいことは伝えた。
我の心中をすべて察したアリスがつば付き帽子を目深にかぶり我に背を向ける。
「柄にもなく格好つけすぎだ、たわけ」
そう言って愛すべき終端の魔女の姿は太陽の輝きと同時に掻き消えた。
少しでも俺が変わったことを知ってもらえただろうか。
記憶なんてもうほとんど戻っている。
それでも明かさないのは我の意地だ。
「すべてが終わった後、君は許してくれるだろうか、なぁアリス」
そう一人ごち、我は張り詰めた結界を破壊し、再び魔王の仮面をかぶるのであった。
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