#魔女集会で会いましょう――勇者

照りつける太陽が熱い。

鬱陶しく背中まで伸びた黒髪をまとめると、わたしは普段着に袖を通し踊るように外へ飛び出した。

生温かい風が頬を撫で、活気でにぎわう街並みが身体を叩く。

早朝の安息日だというのに事もあり、街は人々の活気で満ちていた。


王都、城下町南通り。


一年ほど前からは考えられない発展ぶり、一度魔族に滅ぼされかけた街並みとは思えない豊かな景色が広がっていた。


二階のテラスに出て、大きく伸びをする。

先日、住民に密かに伏せられた魔王討伐は結局失敗に終わった。

いまこうしてわたしが生きているのは父の手心のおかげであり、当面の目標はあの辛気臭い親父面をひっぱたいてやることだ。


「絶対殺す、魔王」


内心、お互い本気を出していないことはわかっての茶番だ。

口では殺すといってもどうしてもその先を踏み出せないでいるのはわたしのせいだ。父もそれをわかって手心を加えているのだろう。


わたしは魔王の娘だが出生は、人間だ。魔族ではない。

たまたま父が滅ぼした村に私がいたらしく、気まぐれに拾ったと聞かされている。


魔王の父がわたしをこの街に手放したのは八歳のときだ。

初めは何もわからず狼狽え、預けられた家を抜け出して父を探す旅が続いた。

あれほど愛情を注いで育ててくれた父が突然手のひらを返したように娘を捨てたのだ。幼いわたしはその理由が知りたくて必死になって父を探した。

幸いにもわたしは魔王の娘として周囲の幹部からそれなりに魔術の訓練を受けていた。

父にはそんなつもりはなかっただろうが、元々勇者としての才能があったのだろう。幼いながらに数々の上級魔術を修めては、四天王からは次期の魔王として期待されたものだ。

しかし私の知り限り魔術を駆使しても、父の足どりどころか情報すら掴むことはできなかった。いま思えば当然だ。なにせ魔王城は当時、現在の十倍は濃い魔素の霧で覆われていたのだ。どのような探査魔術を駆使しても引っかからないはずだ。


そして月日が流れ十歳の誕生日。王都の神官がわたしを迎えに来たときにわたしは幼いながらに父が魔王であること知ったのだ。


その瞬間、わたしは父がなぜ自分を捨てたのかわかった。

そしてそれと同時に、疑問が生まれた。

幼いながらに次期勇者の資格があるわたしをなぜ殺さなかったのかだ。


いま考えれば、その理由もなんとなくだが察せられるのが嫌になる。

それまでわたしはひたすら父を憎み、訓練に明け暮れていたというのに。


「いい加減覚悟を決めねばならないのだがな」


人類か魔王かいずれ選ばねばならない。

しかし魔王としての父と刃を重ねるたびに、父との結びつきが強くなっていく。

それが昨夜のキスだ。

今思い出しても沸騰しそうな恥ずかしさに襲われ、感情を抑えるのに苦労する。


魔王の姦計に乗ってはいけないと理解しても、親子の絆とは厄介なものだ。


「おっ、キキョウちゃんおはよう。今日も絶好の商売日和だな」

「ああおはようご主人。たしかにいい朝だな」


視線を街並みから持ち上げれば、そこには宿の店主であるマジロが立っていた。表情をやわらげ、右手を上げて近づいてくる。

恰幅のいい横幅は相変わらずで、宿の繁盛具合が窺える。


「ずいぶん機嫌がいいな。何かあったのか?」

「ああ昨日、うちの三階に上客が入ったのさ。半年分の滞在費を前払いでよこしてきてな。前金もたっぷり弾んでもらったわけさ」

「それは気前がいいな、三階というと金持ちか。どんな客だ?」

「いいところのお嬢様だよ。小さい子供もいたがありゃ小間使いだろうよ」


三階は豪快に二部屋の仕切りをぶち抜いて作られた貴族使用の部屋だ。

普段は非常時の接待用として使われることが多かったが、まさか半年も滞在するような変わり者がいるとは。


「そういやキキョウちゃん飯は食ったかい? まだならウチのかかあが下で貴族様用にうまい朝食作ってから食べていくといい」

「ああそれはありがたい。しかし今日は食欲がないのでまた今度寄らせてもらうよ」


すると店主の眉根が僅かに眉間により、体調を気遣うような声色に変わる。


「昨日はずいぶん帰りが遅かったみたいだけどなんかあったかい?」

「すまない。昨日はどうしても外せない用事があって外に出ていたんだ。うるさかっただろうか?」

「いいや、まぁ毎月のことだし部屋貸す前にあらかじめ言って貰ったことだから問題ねぇよ。ただ、最近は物騒だから心配でな」

「ああ、五か国連合軍の討伐失敗のことか」


渋く表情を歪める店主の声に、頷いて見せれば、つられたように大きく頷いてため息を吐き出す店主が、肩をすくめてみせた。


「ああ、まったく勇者様が魔王を討伐するまであと少しだってのに、魔女の話まで出てくるんじゃ堪ったもんじゃないよ。なんでも全員殺されたって話じゃないか」

「その話は今や王都で持ち切りだからなわたしも知っている。終端の魔女が魔王の座を狙って力をつけ人類を牛耳るなんてうわさ話が飛び交ってるくらいだからな」


実際、勇者として魔女の討伐依頼がないわけではない。

魔女の案件は周辺国の合同騎士や傭兵などで討伐する話になっていたが、二週間前に全ての兵を失ったことでその危険度は魔王並みに跳ね上がったのは記憶に新しい。


ただ、いまは人類を脅かす魔王を討伐するほうが重要だと判断され、わたしの方に話が回ってこないだけだ。わたしとしてもそちらの方がありがたいし、魔王を討伐する以外は余計な雑音は入れたくないが、そのうちそう言った話も回ってくるだろう。


「キキョウちゃんもこれから夜出かけるときは気を付けるんだよ。魔女にさらわれたら大変だからね」

「ああ、気遣い感謝する」


そう言って挨拶を終えると、わたしは階段を下りて街に繰り出した。

行き交う人の波をかき分け、当てもなく街を彷徨い歩いた。


わたしが人類の救世主。勇者であることを知っている人間はごくわずかだ。

魔族討伐の旅についてきてくれた仲間と王都の政治家、王や王妃くらいだろう。街の住民は白銀の鎧で身を包む勇者としてのわたししか知らない。

よそ行きの格好は鎧姿だし、銀のフルフェイスで顔を隠しているのでわたしが勇者だと知るものは少ない。

よもや自分たちが住む街に勇者がいるとは思うまい。


「おっ、キキョウちゃん。いいリンゴ入ってるよ一つどうだい」

「リンゴか。それくらいなら入りそうだな。どれではこれを――」


店先のおやじに勧められるまま好物のリンゴに手を伸ばしかけたとき、


「「あっ」」


わたしの手に小さな手が重なった。

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