#魔王集会で会いましょう 魔王と勇者

人間を滅ぼせば全てが終わると思っていた。

それはもう遠い過去の話だ。 

人間を蹂躙し、略奪と破壊を繰り返していた我が従僕たちは勇者一行の手によって駆逐された。

初めはどこの誰とも知れぬ狼藉者と侮っていたが、世界の国土を八割侵略していていた魔王軍は勇者の活躍により半年で見る影もなく瓦解してしまった。


よりにもよって人間の代表者か。かの者はどういった心境でこの地を目指したのだろうか。


そして、魔王城跡地。件の勇者がここに攻め込んできてはや一年。

玉座に座り物憂げに天井に視線を走らせれば、勇者との死闘の末に空いた天井から深紅の月が顔を出した。


「そうか、今宵は魔女の月日和か」


魔女の求める魔素が最も活発になる今宵。

魔素を扱う者が自身の実力を最大限に生かせる時間であり、我が宿敵が好む一日でもある。

そういえばかの者が我の前に現れたのも今日のような日であったか。


「……来たか」


コツコツと回廊を叩く足音が聞こえてくる。

魔素の胎動と共に殺気の高まりが肌を刺す。

金属がこすれあう音。はためく銀色の甲冑が闇から顔を覗かせた。

夜空から零れる薄く紅いベールに肌を染め、漆黒の瞳が我を射抜く。


「ひさかたぶりだな勇者キキョウ」

「ああ第二十一代魔王グリア。今日こそ決着をつけよう」


腰から引き抜いた聖剣が我に向けられる。

世界の半分をやろうなどと戯言を持ちかける気はもはやない。

玉座から立ち上がり、魔素を全身に集中させる。


「行くぞ――」

「来るがいいキキョウ」


充満した魔素の波動がぶつかり合う。


これが最後の決戦になるであろう。


――


「今日も倒せなかった」

「そうそう貴様に命を取られてやるものか」

「今日こそいけると思ったのに」

「人間風情が我に勝とうなど百年早いわ」


天井は消し飛び、柔らかなカーテンを払うがごとく星々が煌めく夜空の下で我と勇者は背中を合わせた。


互いの魔素は尽きた。

しかし魔素がなければ勇者と言えどもただの人。そして脆弱な人間ごときに殺される我ではない。


「いい加減倒れろクソ魔王」

「年上に向かってなんだその口の利き方は――いいや、つかれた。小言はまた今度にするか」


二人分の大きなため息が半壊した魔王城に響く。

こうして殺しあって十三度目。

いつも魔素切れで決着がつかないが今宵もどうやら同じ結末を辿ったらしい。


「貴様の国はまだ我を討伐することを諦めてはおらぬのだな」

「魔王が死なねば国が安心して栄えられない。お前のやってきた所業を思い返してみろ。当然の帰結だ」


確かにそれを言われれば耳が痛い。

なにしろ彼女は人類の代表だ。彼女の言葉がそのまま人類の言葉なのだろう。

だがそうやすやすと殺されるわけにはいかない理由がある。


「しかし、我のおかげで王都の治安は例年に比べ良好だぞ? 死者だけなく犯罪者の数も減少したと聞き及んでいるが」


「そうまでして魔王の座が欲しいか、お前は」


「いいや。ただ純粋な疑問よ。何故我の支配下にはいらない。人間に任せるより我の方がよほどうまく民草をまとめられるというのに」


「それは所詮お前の恐怖があってこその偽りの平和だ。結果論に過ぎない。……魔王という存在がいるかぎり、彼らは安心して暮らせないわ」


「はたしてそうだろうか勇者よ。我はこれでもお前たちのことをよく研究した。研究したうえで言っているのだ。人間たちに任せて本当に大丈夫なのかと」


所詮人間は飽くなき強欲をその皮に詰め込んだ獣。

我となんら変わらない。


「……帰るのか」


「ああ、また戦績を報告しなければならない。討伐できなかったとな。これも全てお前のせいだ」


「ふっふっふ、まだお前に殺されるわけにはいかんのでな」


ゆっくりと起き上がり、去っていく宿敵を見送る。


「勇者よ」

「なに?」


呼びかけると振り向く愛しき宿敵。

切れ目の長い黒い瞳が我を射抜く。

そこで初めて自分が何を言いたかったのかに気付き、そして――


「……風邪ひくなよ」

「わたしが丈夫なのは知ってるでしょ。――じゃあね、お父さん」


まったく娘を送り出すときくらいもっと気の利いたことが言えんのか我は。

全ての魔導を収め、魔族の頂点に立つものが情けない。


すると廊下を叩いていた足音が唐突に止み、我は顔を上げる。


「ん? なにか忘れ――」


柔らかい感触が頬に押し当てられる。

それが娘の唇だと理解するのにしばらくかかった。


「次に私が来る時まで誰にも殺されるなよバカ」


そう言い残し、娘は駆け出し去っていく。

甲冑の背で揺れる黒く長い髪。

その後ろ姿はどこか寂しそうで、同時に安堵しているようにも見えた。

気まぐれで拾った娘がよもや勇者だったとはな。


「ああ、また来月に会おうキキョウよ」


親離れできぬ馬鹿者が。

これではまだ殺されるわけにはいかない。


大きく伸びをして、隠していた宝玉を握りつぶせば一月蓄えていた魔素が溢れ出し、全身を包んで全ての傷を癒していく。


「さて、明日から城の修繕に取り掛かりでもするか」


そう、ここはあの子の帰る場所でもあるのだから。


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