気まぐれ異世界へようこそ
川乃こはく@【新ジャンル】開拓者
#魔女集会で会いましょう――魔女と舎弟
アリスおじょうさま。僕は貴女の舎弟です。
そして今日こそ僕は真の男になります!!
群がる挑戦者の軍勢を前に、門前の前で仁王立ちします。
いっぱいいます。かぞえられないくらいいっぱいです。
でもこうして腕を組むと強そうにみえると絵本に書いていました。
針が二つ頂点で重なった時間帯。
お腹が空を見上げれば太陽がとても眩しいです。
草木と踊る風の精霊はいたずら好きで、いつも一生懸命に城門の掃除をしてもすぐに木の葉を散らして遊んでいます。
お客様には見えていないようなのですが、現にさきほど綺麗にした城橋がまた木の葉で埋まってしまいました。
このお城には僕とおじょうさまの二人しかいません。あとの人たちはどうやらおじょうさまの試験にクリアできずみんな帰ってしまったそうです。
でも、僕は何とか頼み込んで舎弟にしてもらえてので、いまこうしておじょうさまの身の回りの御世話を許してもらえました。
あと他にいるのはお嬢様の使い魔のワンちゃん五匹と、鳥さんが三十羽。あとはおじょうさまを慕って集まっているたくさんの精霊のみんなです。
さすがおじょうさま。いろんな方に好かれています。舎弟の僕は鼻が高いです。
「あ、あの人だれだろう」
沢山いる人たちの群れの中から何人かの男の人が歩いてきます。
これは緊張する。ちゃんとできるだろうか。
いいやちゃんとしなくちゃ試験に合格できない。とにかく深呼吸深呼吸。
――うん落ち着いた。
おじょうさま特製が拵えてくださった執事服は今日も僕に力をくれます。
「今日はボク。君はここで何をしているのかな」
「こんにちはです!! 僕はアリスおじょうさまの舎弟です。ここに住んでいます」
うまく言えただろうか。挨拶してきた騎士のお兄さんがびっくりしている。
「こんな危険な城に君みたいな子供が住んでいるのかい? 一人で」
大きく頷くとまたびっくりした反応が返ってきた。
インテリジェス城、城門前。
たしかにここは大きなお城だから騎士様にしてみたら二人だけで生活していると聞いて驚くかもしれない。
でも本当のことだし、おじょうさまには丁寧なおもてなしが大事と言われているので嘘はつかない。
すると騎士様の脇に立っていたおじさんが、騎士様を押しのけて僕を睨みつける
「――おい、アズルドの兄ちゃん。もういいだろ。こいつここの城主も敵だ。多少の犠牲は仕方がねぇ」
「しかし、こんな子供を放っておくなど我々は看過できん」
「そんで取り逃がして跨ぎ精を出しても知らねぇぞ」
すると騎士様は黙って引き下がってしまいます。
「おいクソガキ」
「ほんじつはどのようなごようけんでしょうか」
精一杯覚えたごあいさつでお客様を迎えます。
無礼があってはおじょうさまの品を損なってしまうのでそれはいけません。
すると騎士の人を押しのけておひげを生やしたおじさんが鉈を手に持ち近づいてきました。
ずいっと大きな顔を近づけてくるおじさん。
これがお嬢様の体外から溢れ出る熱気ならなんら無問題ないですけど、知らないおじさんたちの皮膚から精製された汗の結晶だと思うとなんか嫌です。
しかしこれもお勤め、きちんと『試験』をクリアするためなら僕、がまんします。
「俺らはこの城にいる魔女に用があってきたんだよ」
「おじょうさまからうかがっております。でもやくそくの時間より五時間はやいみたいですけど――」
見れば、他の方も各々結婚道具を携えてのご訪問とは。なんとも嬉しいかぎりです。
マスケット銃に、斧や杭まで。
なんということでしょう銀の聖剣まで準備しただけるとは。
おじょうさまの舎弟として鼻が高いです。
退屈を嫌うおじょうさま。きっとお喜びいただけるでしょう。
けれど――
「おじょうさまはいまおやすみなのでまた時間を改めてきていただけないでしょうか」
「だいたいようー、ちびのガキがなんでこんな悪魔の城にいんだよ。あのクソ魔女の手下か?」
「むむっ!? たしかに僕はまだ八才ですけど、おじょうさまの舎弟です!! 馬鹿にしないでください!!」
力いっぱい抗議すると、なぜか皆さん肩をすくめてしまいました。
「わりぃことは言わねぇ。さっさとここを通してもらおうかクソガキ」
「とにかくいまはだめです。僕はおじょうさまの舎弟なのでいろいろおせわしないといけません。ことしさいごの試験なのでおちるわけにもいかないんです」
おじょうさまを満足させなくては落ちてしまう。
「だからどうかお引き取りください」
深々と頭を下げます。
こうすることでだいたいの人がいう事を聞いてくれるとおじょうさまが言っていました。
すると、お客様は一瞬だけ黙って去って行ってしまいました。
よかった。やっぱりおじょうさまの言いつけは正しかった。
よくよく耳を傾ければ彼らのお話が聞こえてきます。
『今がチャンスなのでは。もしやうわさに聞く休眠期に入っているのかもしれん』
『もしかしたら重大傷を負っているのかもしれない』
『いまならあの黒き魔女を殺せる』
皆さんよっぽどおじょうさまに会いたいようです。
なんたっておじょうさまは綺麗ですからね。
そしてしばらく皆さんのお話に耳を傾けていると――
「クソあばずれのババアを殺すなら今しかない」
「いまなんとおっしゃいましたか?」
たじろぐ皆さん。
近づいたのに気づかなかったみたいです。
おじょうさまをほめたたえるのは自由ですが、それだけは聞き捨てなりません。
僕の大事なおじょうさまの悪口はだめです。
「しょうしょう、おきゅうをすえなければいけませんね」
―――
「おぬしも加減というものを知らぬのぅ」
「うう、おきゃくさまをうまくおもてなしできませんでした」
「よいよい。まぁこの惨状を見れば客にも値しない無礼者だったのだろうよ」
起き抜きにしては見るに堪えないスプラッタだが、目の前の血だまり白亜の城橋は無残な紅に染まっていた。
およそ人の肉片であったという名残はなく、すべて半固形状にまですりつぶされている。
おそらく坊主が勝手に暴走したのだろう。
「しゅぎょうぶそくです」
「ここまでやって修行不足の訳あるかたわけ」
これほどの強さなら弟子にならずとも私を殺して王都で英雄になれるものを。
とことんわからん奴だ。
「しかしおぬしも飽きぬ奴よ。何故私の弟子などになりたがるのかとことんわからぬ」
「だっておじょうさまは僕のあこがれですから。すこしでもおじょうさまに近づきたいと思うのはとうぜんのことです」
「どこで教育を間違ったのかのぅ」
初めて坊主がこの城に訪れてきたのは二年前の冬だ。
魔女の根城と名高いこのインテリジェス城に一人訪れてきた時は驚いたものだ。
それでもって『弟子にしてください』とのたまるものだからさらに驚いた。
とりあえず『試験』などと適当なことを言ってあきらめさせようと思ったが、この坊主はとことんまでクソまじめだった。
掃除洗濯料理など家事スキルなど五百年生きてきた私に比べて断然うまい。
あれほど血なまぐさかった城は三日で元の白さを取り戻した。
しかも精霊や魔術との親和性も魔女の私以上に高く、適当に魔方陣を描かせたところ、世界を滅ぼす術式を四つは完成させていたので焦った。
結局「おぬしが扱えるような魔術ではない」と叱った覚えがあるが、あれが発動していれば坊主以外の全てが塵と化していただろう。
「で、こ奴らをやったのは誰じゃ」
「ええっと、おじょうさまのペットのジョン君、カロル君。ミミちゃんに、あと沢山の精霊が助けてくれました」
そう言っておぼろげに彼らの名前を呼ぶと、坊主の陰から三体の魔獣が出てくる。
ケルベロスにサキュロス。コカトリス。
その全てがわたしではなく坊主の才能に惹かれて自ら従属した者たちだ。
どうやら坊主は私の従魔だと勘違いしているが、この城全てに住まう魔獣はすべて坊主が使役している。
そうして使役されて以来、彼らは坊主に仇成すものをことごとく返り討ちに城の平安を守っているが、それがすべて私の指示によるものだとして勘違いしているらしく、坊主の私に対する尊敬は日に日に増すようになっていった。
しかも私がここから逃げ出さないよう監視しているらしく、逃げることすらできない。
おそらく坊主の無意識の表れなのだろうが、本当に末恐ろしい。
例え稀代の魔女でも伝説級の魔獣を数十体あいてにするほど馬鹿ではない。
しかも魔素の残り香から察するに気位の高い高位の精霊まで坊主に力を貸している。
そんなわけで軽く身の危険を感じ周辺の国々を脅して、軍隊まで結成させたというのにこうもあっさり撃退してしまうとは。
城の橋だけではなく地平線の彼方まで真っ赤に染まっている。
どうせこの景色もどうせ三日で元に戻るのだろうが。
大きくため息を吐き出すと、坊主がいかにもいじらしく身を縮ませて私を見上げていた。
「なんじゃそんな泣きそうな面をして、何か言いたいことでもあるのか?」
「あのおじょうさま。やっぱりぼくは舎弟しっかくですか? まだ弟子になれませんか?」
「ああそのことか、そうじゃなおぬしにはまだ早いらしい。しばらくは私の世話でもしてればよい」
ヘタなことを言えばそれこそ殺されかねん。
今は魔術の得意なおじょうさまで通しているが、いつ私の正体に気付いて殺しにかかってくるかわからない。
なにせこのこの村を焼いたのは私なのだから。
「まぁまだ一年。おぬしはまだ若いしこれから頑張ればよい」
「ううやっぱりそうですか? 今年こそはと思ったのですけど」
「まぁまた来年がある。そう気を落とすな」
すると目の前の坊主からかわいらしい腹の音がなった。
こんな化け物じみた才能していて、格好だけは子供なのだから手に負えない。
赤くなって俯いている。
「とりあえず夕食にするか。連中の歓迎でおぬしは昼食を食べておらぬのだろう?」
「はい。そうだ――今日の献立は何がいいですか」
「ではいつもどおり野菜中心で頼む」
「おじょうさまはいつも野菜ですね。たまにはお肉も食べないとだめですよ」
さすがにこの惨状を見て食べる気はしないな。
「おぬしの飯はどれもうまいからな。とにかくおいしいものを期待しているよ、わたしの舎弟」
「はい!! 来年こそおじょうさまの舎弟としてこれからもおじょうさまを守れる男になります」
さてさてその言葉がいつ私に牙を剥くことやら。
人類が滅びるのが先か、私が殺されるのが先か。
未来など怖くて占えない。
「魔女の弟子のぅ。そんなものなくても私はお前を――いいや、口にするのはやめておこう」
結局、あの坊主を拾った時からわたしの運命はそこで決まっていたのだ。
いまさらジタバタしても仕方ないのかもしれない。
屈託なく微笑む可愛らしい笑みを見送る。
殺されるのは確かに怖い。ただ、あの子がこれからどう成長していくのか楽しみにしている自分もいるのだ。
「結局は業が深いのは私なのかもしれんな」
将来彼がどんな選択をするのか見てみたい。
在りし日の彼の姿を想像し、その隣に自分がいる未来が一瞬だけ過ぎり、魔女はひとりで嘲笑し、馬鹿馬鹿しそうに小さく肩をすくめるのであった。
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