5-11 我が北風の騎士に敬意を表し、無慈悲であれ① ……マクシミリアン
攻撃が始まった。
冬が燃える。雪原に吹き荒れる風が、血の臭いを運んでくる。
マクシミリアンは黒布を顔面に巻き、覆面とした。愛用していた
いくら洗っても血の臭いは消えなかった。しかし、かつて少しばかり心を癒してくれた女の匂いもまた残っていた。
眼下で繰り広げられる戦闘を前に、マクシミリアンは改めて部隊の行動を確認した。
多くの者は気の進まない顔をしていたが、命令を下すと承諾した。ただ、アーランドンソンだけは発言を求めた。
「最後にもう一度だけお願いします。どうか、敵に慈悲を」
「言ったはずだ。今日一日、慈悲はない。皇帝陛下からの勅命だぞ」
この日、我が北風の騎士に敬意を表し、無慈悲であれ──アーランドンソンも皇帝の言葉は知っている。それでも彼は意志を曲げなかったが、最終的には命令を承諾した。
不平不満があるのはわかっている。ほとんどの者は、こんな名誉もない無意味な殺戮など望んでいない。
「慈悲があるとすればそれは死だ。死をもって慈悲となせ」
だが、俺は違う──そう自らに言い聞かせ、マクシミリアンは進撃の合図を発した。
〈帝国〉の黒竜旗が、血染めの朝焼けに翻る。動き出した
オッリの狂気に率いられた
夜半、まず密偵が野営地に潜り込み、火を放った。次に、混乱に乗じて野営地に忍び寄った尖兵たちが音もなく敵の歩哨を始末。その尖兵の放った矢を皮切りに、主力が確殺距離まで一気に接敵。猛烈な矢雨とともに攻撃を開始した。
マクシミリアンも騎士団の野営地に斬り込む。入り乱れる雑踏の中に、火の粉が、雪煙が、血飛沫が舞い上がる。
逃げる者、惑う者、立ち向かってくる者……。相手がどんな表情でも、マクシミリアンは躊躇わずサーベルを振り下ろした。
慣れたものである。ずっと自分を見下してきた者たちを逆に跪かせ、惨めに命乞いをさえ、気の赴くままに殺す。父親を殺し、騎士殺しの黒騎士と呼ばれるようになって以来、マクシミリアンはそうやって生きてきた。
これは皇帝の勅命である──そう自らに言い聞かせ、マクシミリアンは月盾の騎士たちを斬った。
*****
軍司令部より攻撃命令が下ったのち、マクシミリアンは実行部隊の指揮官として軍議に参加した。第三軍団のエイモット幕僚長も、支援部隊指揮官として同席した。
グスタフ帝、オクセンシェルナ元帥など、
この日、我が北風の騎士に敬意を表し、無慈悲であれ──その言葉が、作戦の全てだった。
皇帝らが去ったあと、マクシミリアンは改めてエイモットと細かい段取りを調整した。攻撃計画の詳細については、現場指揮官である二人に一任された。
大命が何であれ、従う他はなかった。エイモットはまだしも、さらに下位の将であるマクシミリアンが国家の戦略に介在できるわけがない。
それでも、思うところはあった。
オクセンシェルナと
オクセンシェルナは軍の元帥でありながら、この〈大祖国戦争〉では一貫して〈教会〉との講和を唱えており、またその派閥の筆頭でもある。しかし一方で、彼は皇帝の半身と呼ばれるほどグスタフ帝と仲が良く、その無二の親友は主戦派の筆頭でもある。
グスタフ帝は〈神の依り代たる十字架〉を信教する反面、〈教会〉という国家、その国家元首である教皇、その取り巻きで国家を運営する高位聖職者たちのことは、蛇蝎の如く忌み嫌っていた。何がその根源に眠っているのかはわからないが、とにかくその意志は凄まじかった。国力差を物ともせず開戦に踏み切り、自らの剣で道を切り拓こうとした武闘派の英雄は、もしかしたら本気で〈教会〉を滅ぼそうとしていたのかもしれない。
たが、そんなことは現実的に不可能である。大陸東部を亡国とした〈
エイモットも〈帝国〉の国家戦略には疑問を抱いていた。何度か話し合う中で、それぞれの点はやがて一つの線となった。
理想と現実の狭間で、オクセンシェルナが思い描いたであろう道筋──それは、ロートリンゲン家の殲滅である。
餌をちらつかせ、小さな勝利に酔わせたのも、全てはオクセンシェルナの手のひらの上だったのだろうか。ボルボ平原の戦いでヨハン・ロートリンゲン元帥率いる遠征軍本隊を壊走させ、その後継者が率いる
〈教会〉という国家の成り立ちが教義と信仰に根づいているとはいえ、そこに集う者たちがみな善良な人間であるわけはない。ティリー家のように、〈教会五大家〉の一角を担いながらも、端から〈帝国〉と内通しているような者もいる。
〈教会五大家〉筆頭を担うロートリンゲン家は、〈教会〉の国家創設にも携わった、由緒ある修道騎士の家系である。その高貴なる血筋、高潔なる生き様は、誰もが知ることろである。そして実際に、彼らは軍の中枢を担っている。
そんな権力者が消えたとき、そこには一際大きな空白が生じる。その空白を、有象無象の俗物たちが見逃すはずがない。
〈教会〉の内部に未曽有の混乱をもたらす──それが結びついた一つの答えだった。
会話が終わると、エイモットは赤毛の頭を抱えた。マクシミリアンもまた、妙な虚脱感に襲われていた。やがて小さく笑い合い、互いに目の前のことだけに集中するよう意識を切り替えた。
*****
大した交戦もなく、アーランドンソンが捕虜となっていた味方を奪い返す。敵は牢に見張りすら置いていなかったらしく、主目的はあっけなく完了した。
捕虜の奪還を終え、野営地から離脱する。ただ、
休息こそ充分だったが、部隊編成は
生き生きとした雄叫びが戦場にこだまする──偉大なる〈
(すげぇ
まさしく冒涜的殺戮といった光景を眼前に、マクシミリアンはそんなことを思った。サーベルの血を拭うと、強烈な血の臭いが鼻を突いた。嗅ぎ慣れているはずのその臭いは、覆面をしていてもむせ返るほどに凄まじかった。
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