2-21 背中の傷②  ……オッリ

 荒れる冬の夜に笑い声がこだまする。麾下の兵たちが、酒を煽り、歌い踊りながら、略奪した女子供を囲い談笑する。


 荒天でも和やかにくつろぐ麾下の兵らを横目に、オッリはマクシミリアンのいる隣の宿営地に足を向けた。特に会う理由はなかったが、自然と足がそちらに向かっていた。謝るついでに、傷の治療でしばらく休ませてくれた礼でも言おうと考えていた。


 しかし厩舎に向かおうとすると、数人の黒騎兵オールブラックスが道を塞いだ。

「ちょっとオッリさん! お願いですから、野営地から出ないで下さい!」

 兵士のうちの一人、黒騎兵オールブラックスの副官であるニクラス・リーヴァが甲高い声で喚く。

「何でだよ? 休みの日に何しようが俺の勝手だろが」

「その勝手のせいで今めちゃくちゃになってるんですよ! これ以上、事を荒立てないで下さい!」

「はぁ? 知らねーよそんなこと。それよりマクシミリアンはまだ帰らねぇのか? いつまで俺の部隊借りてんだ? さっさと返せって言え」

「隊長は今回の件で軍団長に謝罪中です。ていうか全裸で会いに行くつもりなんですか? まず服を着て下さいよ」

 のっそりとした動きでニクラスが外套を手渡してくる。オッリはその外套を受け取ると、担いでいた女を簀巻きにし、また担いだ。

 ニクラスは呆れていたが、他の黒騎兵オールブラックスの兵士たちは剣の柄に手を添えていた。数は十人。ゆっくりと、こちらを取り囲むように位置を取っている。


 空気が張り詰めていく。吹雪が激しさを増し、肌を刺す。


 いくら黒騎兵オールブラックスがよく訓練された兵士であっても、十人程度なら殺すのは造作なかった。

 オッリは護衛の一人一人に目を向け、牽制した。何人かは見知った顔もいた。マクシミリアンの頼みで、オッリが直々に練兵した者もいる。

 みな、斬り合いになっても抗し得ないと理解しているのだろう。下手に動こうとはしなかった。

 苛立っているところに盾突く友軍は全く気に入らなかったが、オッリは簀巻きの少女を頭上に持ち上げ、敵意がないことを示した。


 それでとりあえず殺気は収まった。しかし、風は未だ冷たい。


「てかよ、軍団長に詫び入れるのはお前の仕事だろ。マクシミリアンがあれに素直に謝るわけねぇし。こんなとこで何サボってんだよ、てめぇ」

「……それはその、キャモラン軍団長が隊長に直接出頭を求めたので……」

 オッリが語気を荒げると、ニクラスがもごもごと口籠る。

「まぁいいや。じゃあ軍団長に会いに行ってやるから、お前案内しろ」

「だからできないですよ! 幕舎に戻って下さい! これは隊長命令です!」

「隊長命令なのはわかってんだよ。それを融通利かせんのが副官の仕事だろうが。……ったく、親父と違って前線にも出ねぇで後ろでボケーっとしてるだけのボンクラが、いちいち手間かけさせんなよ。お前の親父には借りがあるが、あんまトロいことばっか言ってるとぶっ殺すぞ」

 いちいち容量の悪い副官に苛立ち、オッリは吐き捨てた。怯えるニクラスは縮み上がり、肩をすぼめ俯いてしまった。


 帝国軍内でも精強と名高い黒騎兵オールブラックス の兵士というには、ニクラスはあまりに鈍臭かった。

 この二十歳そこそこの副官はリーヴァ家に嫁いだマクシミリアンの妹の子、つまりマクシミリアンの甥である。軍人貴族の名家であるリーヴァ家は多くの帝国貴族に成り上がり者と嫌われがちなマクシミリアンの数少ない後援者でもあり、ニクラスの父親は若い頃のオッリやマクシミリアンの戦友でもあった。

 ニクラスの父親は良い人間であり、良い上官でもあったが、決して武勇に秀でていたわけではなく、前線に出るたび負傷し、結果、命を落とした。それゆえか、後事を託されたマクシミリアンはニクラスを自身の従士や黒騎兵オールブラックスの副官にしても、基本的に前線には出さず、専ら後方任務を任せていた。

 だが、ニクラスは甘やかされすぎだとオッリは思っていた。オッリに言わせれば、ニクラスは騎兵どころか、そもそも軍人にすら向いていない、甘ったれのボンクラ貴族だった。一応、後方事務官としての役目は果たしているらしいが、端から見れば何をするにもトロく容量の悪い奴だった。


 こんなのが自分の息子だったら、即座にくびり殺している──反抗的ではあるものの、ヤンネの方が余程しっかりしていた。


 子供は基本、愚かだ。だから、怒鳴って殴って言うことを聞かせればいい。そして喧嘩でも戦でもさせればいい。そうすることで子供は勝手に育つ。そうしてオッリは育ったし、自分の子供たちもそのように育てた。

 マクシミリアンやその妻のユーリア夫人レディ・ユーリアが教える文字の読み書きだの軍学だの信仰といったものは、あくまでオマケに過ぎない。男の本質は、戦いの中でこそ育つのだ。少なくとも、オッリはそう思っていた。


 ニクラスは名のある貴族だし、それなりに出世するはずである。だが男としては終わっていた。

「おい。てめぇは黒騎兵オールブラックスの副官だろうが。 いつまでボサッと突っ立ってんだ? 何か言えよ?」

 あまりにも反応がないのでオッリは再度脅しをかけた。篝火に照らされるニクラスの表情はほとんど泣きそうになっていた。

 ニクラスが何の反応も示さないので、オッリは無視してその体を押し退けた。付き添う黒騎兵オールブラックスの護衛たちも副官がこの調子なためか、何もしてこなかった。


 その矢先、野営地の入り口が騒がしくなった。


 吹雪の中に見慣れた影がちらほらと現れる。第三軍団の軍団長であるキャモラン将軍が取り巻きの護衛兵を引き連れ近づいてくる。軍団長のそばには小兵のような赤毛のエイモット幕僚長が、その背後には太々しい態度でそっぽを向くマクシミリアンとヤンネやアーランドンソンら第三軍団騎兵隊の士官たちが、さらに後ろには乗馬し武装した黒騎兵オールブラックスが続く。

 オッリと目が合うや否や、キャモランの護衛が剣を抜く。キャモラン自身は何か怒鳴っている。


(いけ好かない馬面のハゲ野郎が。いつも安全圏から罵りたいだけ罵るだけのお飾り上司が。向こうがその気なら全員ぶっ殺してやる)


 気に喰わない上官を前に、オッリは簀巻きの少女を抱えたまま雪原に唾を吐き捨てた。

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