2-22 大暴れ ……オッリ
夜闇に白い風がうねる。
荒れる冬の夜風が全身に吹きつける。その風の先から、キャモラン軍団長以下、第三軍団騎兵隊の士官たちがやってくる。
「よぉクソハゲ閣下! こんなとこまでわざわざご苦労なこったな!?」
吹雪に負けぬよう、オッリは上官であるキャモラン軍団長に挨拶した。しかし肝心の軍団長の返事は風にかき消され聞こえなかった。
オッリから露骨に目を逸らしつつそれでも威張り腐った顔で何か喚き散らすハゲ野郎の姿は滑稽だった。しかし、その周りにいた
完全武装で騎乗した
不穏な空気が野営地を包む。友軍とはいえ、有無を言わさぬ強引なやり方に麾下の兵の一部は反抗している。互いに得物を手に取り、刀傷沙汰も辞さない構えである。
状況はよくわからなかったが、とりあえず色々と気に喰わないのは確かだった。不愉快なことばかりが続き、オッリはもはや我慢の限界に達していた。
オッリはキャモラン軍団長に詰め寄ろうとしたが、しかしマクシミリアンに遮られた。
「おいおい、いきなりなんだよ? 味方同士でドンパチ始める気か?」
「悪いなオッリ。軍団長の命令により、戦利品の徴集を行う。軍旗、金品、それと分捕った女を集めろ。なるべく身分が高い方がいいから、侍従や修道女より、女騎士とかがいい。その簀巻きにしてる小娘も見てくれがいいから出しとけ」
「何だと!? オイ、ふざけんなよコラ!」
「部下を幕舎に戻せ。味方同士で揉めたくない。軍団長もそれだけやれば軍法会議沙汰にはしないと言ってる」
「てめぇふざけてんのか!? 俺らが戦って分捕った戦利品だぞ!? 何もしてねぇあんな馬の骨のクソハゲ野郎にむざむざやるわけねぇだろ!」
オッリは怒りマクシミリアンを睨みつけたが、漆黒のモリオン兜からこちらを見上げる黒い瞳は何も答えなかった。
「クソったれが。説明しろコラ」
「……お前こそ何で素っ裸なんだよ。服着ろ服。背中の傷もまだ治り切ってないだろ。風邪ひくぞ」
謎の気遣いだった。諦観染みた表情から漏れる言葉は回答にすらなっていなかったが、長い付き合いのオッリにはそれで充分だった。
「わかったわかった! 俺が悪かったんだろ? 軍団長に直接謝りゃいいんだろ?」
「言ったところで何も変わらんから止めとけ」
「大丈夫だって! まぁ見とけよ!」
オッリはマクシミリアンの胸甲を軽く叩くと、その体を押し退けた。普段ならオッリと体格の劣らぬアーランドンソン辺りが出てきて止める場面だったが、今日は誰も止めに入らなかった。
簀巻きの少女を担いだまま、オッリはキャモラン軍団長の前に向かった。
吹雪の中で、キャモランが表情を歪める。近づく前に軍団長の護衛兵が剣を突き立ててくる。三十人ほどの護衛が、キャモランの壁となり、オッリを取り囲む。
「落ち着けって。軍団長閣下に謝りてぇんだ」
「下がれ下郎! 礼節も弁えぬ野蛮人が! 跪け!」
護衛兵のうち、一番年長の男が声を荒げる。
「わざわざ来てくれてすまねぇが、俺たちの戦利品を渡すわけにはいかねぇんだ」
「貴様バカか!? 言葉が、〈大陸共通語〉がわからんとは言わせぬぞ! 貴様のわけのわからん言い訳を聞く気はない! それ以上、閣下に近づくな! いいからさっさと跪け!」
無数の剣先が雪に揺れ動く。一方的な殺気がオッリの頬を撫でる。
「もうよい!」
その殺気の腰を折り、間抜けな声が響く。人壁の奥でふんぞり返りながらキャモランが声を上げる。
「犬! 謝りたいのであろう!? さぁ、跪き謝罪しろ! 見苦しい全裸で私の目を汚したことはそれで勘弁してやる!」
「はい。反省してまーす」
オッリは雪の上に座り込み、冬の夜空に向かって吼えた。
しかし、謝ったにも関わらず、何が気に喰わなかったのか、キャモランや取り巻きの護衛たちの怒りは収まるどころかさらに燃え上がった。
「何だその態度は!? それで謝ってるつもりか!? ふざけるのも大概にしろ!」
「だーから、反省してるって言えばいいんだろ?」
オッリはもう一度謝ろうとしたが、護衛の一人が前に出てきて喉元に剣先を突きつけてきた。
「この蛮族め、何が反省してるだ!? 口先だけじゃなくて軍団長閣下に敬意を示せ! 敬意を示したうえで、戦利品と謝礼金を納め、それでようやく軍法会議で審議してやると言ってるのだ! でなければここで断罪され死ね! わかるか犬!?」
「てめぇこそ聞こえてんのか? あんまガタガタ言ってっと、舌抜くぞコラ!」
目の前で喚く護衛兵があまりにうるさいので、オッリは喉元に突きたてられた剣を叩き落した。そして立ち上がると、狼狽する男の左耳を引っ掴み、力任せに剥ぎ取った。
血飛沫が風に舞い、悲鳴が夜を震わす。
足下で耳障りな悲鳴がのたうち回る。それまで威張り散らしていたキャモランが打って変わって狼狽える。その無様な姿が癇に障り、オッリは先ほど耳を剥ぎ取った護衛を足で押さえつけると、その舌を掴み、引きちぎり、それをキャモランに投げつけた。
ハゲた馬面を、血濡れた舌が這う。血に濡れたキャモランが悲鳴を上げ、尻餅をつく。
怒号とともに、キャモランの護衛が剣を振り上げる。五人の男が一斉に襲いかかってくる。
面白れぇ──オッリは狂喜した。
先頭を切って向かってきた兵に向かい、簀巻きにした少女を投げつける──体と体がぶつかる鈍い音──それに気を取られたのか、一瞬だけ群れの動きが止まる。
その隙を見逃さず、身を低くし、視界から姿を消す。四つん這いの状態から、雪を蹴り、跳ぶ。勢いに任せ、一番弱そうな護衛の首をねじ切る。
首をねじ切った護衛から剣を奪い、二人目の獲物の背後に跳ぶ。そいつが剣を構える前に、喉元をかっ捌く。
風に身を任せ、その先にいた三人目の獲物の心臓を剣で貫く。
刺し殺した兵のベルトから
最後の獲物と目が合う。戦意は喪失しているが、そいつは剣を投げ捨てると、
苦し紛れの一手である。オッリは両腕を広げ、ゆっくりと近づいた。
銃口が向けられる。火花が散り、銃声が鳴り響く。
銃弾は掠りもしなかった。銃声が消えるとその護衛は拳銃を捨てまた剣を拾うと、足元に転がる少女を人質に取った。だがオッリは構わずその顔面をぶん殴り、そのまま殴り殺した。
大した相手ではなかった。先祖である〈
刃向かってきたキャモランの取り巻きを殺している間も、耳障りな悲鳴は続いていた。
キャモランは雪の中を這いずり回っていた。惨めなハゲの中年が悲鳴にも似た声で助けを求めるが、残る取り巻きの護衛たちは
幕僚長のエイモットだけが慌てふためいているが、それ以外の者は、
この沈黙は、即ち殺しの了承であるとオッリは理解した。
いい加減、我慢の限界だった──じゃあ殺すか──オッリは落ちていた剣を拾うと、それをキャモランの頭上に掲げ、振り下ろした。
刹那、風が剣を薙いだ。
血飛沫はなかった。肉を抉る前に、鈍い衝撃が腕を震わした。振り下ろした剣は弾き飛ばされていた。
夜の闇にサーベルの白刃が煌めいた。目の前にはキャモランを守るようにして息子が立っていた。
ヤンネ──息子であり、長男であり、いずれは
怒りが爆発した。怒りは瞬時に憎悪と化し、そして息つく間もなく憎悪は殺意へと変わった。
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