2-12 枯れた森の攻防②  ……ヤンネ

 白い風が枯れた森に吹き荒れる。


 うまくいった──揺るぎない確信に、放つ矢にも力が籠る。

 ヤンネの部隊を中心に、散開させた味方部隊が鏑矢かぶらや角笛ホーンの鳴る方向に敵を追い込む。

 逃げる月盾の騎士の背に焦燥が滲む。敵は明らかに動揺している。音を鳴らすたび、意味もないのにしきりに空を見上げている。


 頬に触れる風が冷たさを増していく。しかし今、その冬の風は心地よかった。


 しばらくの追走ののち、森が途切れる。枯れ木が消え、ぽっかりと、巨大な空白が現れる──伐採された切り株、積み上げられた丸太、凍りついた滑車と小川──森の中にあるこの製材所が、狩りの目的地である。

 身を隠すものがなくなり、一瞬、逃げる騎士たちの足が止まる。しかし群れは、空白を抜けようとすぐに駆け出す。

 そんな月盾の騎士たちの前に、漆黒の胸甲騎兵が立ち塞がる。製材所に黒竜旗が翻る。隊列を組み待ち構えていたストロムブラード隊長の麾下の千騎が、月盾の騎士たちの行く手を塞ぐ。マスケット騎銃カービンの弾幕射撃が、雪を薙ぎ、風を切る。


 それが決定打だった。黒騎兵オールブラックスは敵を包囲し、そして静寂が訪れた。


 束の間、睨み合いが始まる。ヤンネも部隊を最前衛に待機させ、臨戦態勢を取る。

「よくやったぞヤンネ。首尾よく事が運んだな」

 アーランドンソンが増援を連れやってくる。誰からも人格者であると評価される上級貴族に褒められ、ヤンネは嬉しかった。

「このあとはどうします? 攻撃の先駆けなら、俺たちはすぐ行けます!」

「待て。まずは降伏を勧告するようにとの命令だ」

「俺にやらせて下さい! どうせ俺の部隊が前衛です。決裂しても、すぐ戦闘に移れます!」

「敵はまだ戦意を失っていない。危険だぞ」

 アーランドンソンは注意したが、ヤンネは再度願い出た。アーランドンソンは仕方ないといった顔をしたのち、幕僚に白旗を用意させると、降伏勧告の内容が書かれた紙を手渡してくれた。

 内容はよくある定型文だった。ヤンネは一読すると、紙を返し、白旗を受け取った。

「軍使を派遣する!」

 ヤンネは白旗を掲げると、ただ一騎、敵に向かって走り出した。


 敵の群れに近づくにつれ、殺気がその冷たさを増していく。

 アーランドンソンの言った通り、包囲されたとはいえ、敵はまだ戦意を失ってはいない。数は五百騎ほどではあろうか、馬上の騎士たちはもちろん、馬を失った者も、材木や切り株の背後で待ち構えている。

 臆するな──ヤンネは白旗を握る拳に力を込めた。

「敵将に告ぐ! 貴軍らは完全に包囲されている! これ以上の流血は無用! 速やかに降伏されたし!」

 声が静寂に響く。

「我ら第三軍団の騎兵隊長、マクシミリアン・ストロムブラードは、貴殿らの勇戦に敬意を表し、軍旗の掲揚と帯剣を許可したままの降伏を……」

 しかし意図せず、言葉が途切れる。

(あれ? 何だっけ?)

「騎士の名誉を考えた、ご決断を……!」 

(クソッ! 言葉が浮かんでこない……!)

「この降伏勧告は、帝国騎士の誓約をもってして……」

 紙を持ってくればと思ったが、しかし紙を見ながら降伏を勧告するなど様にならない。とにかく何か話さなければと思ったが、しかし声は上擦るばかりだった。


 殺気が緩む。言葉に詰まるヤンネの耳元に、どこからか、微かな嘲笑が漏れ聞こえてくる。

 何という辱めだ──みっともない状況になってしまったが、しかしヤンネに成す術はなかった。

「若いの! 言いたいことは言い終わったか!」

 そのとき、敵将の大喝が空気を切り裂いた。

 嘲笑をかき消すように、一騎の月盾の騎士が、白旗を手に近づいてくる。

「貴殿のご厚意には感謝するが、生憎、こちらはまだ戦える! 見くびるのも大概にしろと、貴殿の上官のマクシミリアン・ストロムブラードに伝えて頂きたい!」

 あれがジョー・ウィッチャーズだろうか──駆けてきた一騎は、ヤンネが指揮官と睨んでいた男だった。その姿は一見すればみすぼらしいが、しかしこの場の誰よりも血と泥に汚れている。

「聞こえてるよ」

 不意に、聞き慣れた声がヤンネの背後に表れる。振り向くと、背後からストロムブラード隊長が近づいてくる。

「久しぶりだな、ジョー」

「お互いにな、マクシミリアン」

 二人の将の行動に、垣間見えた黒騎士の横顔に、ヤンネは驚いた。二人は、馬上で握手を交わした。挨拶を交わす黒騎士の笑顔は、少年のように屈託のない笑顔だった。

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