1-17 轟く砲声①  ……ミカエル

 燃える冬の夕景が落ちていく。


 東の空は暗くなっていたが、日没までの時間は長かった。


 防御隊形を組んだ四千騎の月盾騎士団ムーンシールズの周囲を、千騎の極彩色の馬賊ハッカペルが煽るようにして駆け回る。

 蠅のように群がる蛮族どもは小賢しかったが、しかしその動きはどう見ても陽動だった。遠巻きに矢を放つだけで、斬り込む際に見せた殺意はほとんどない。特に、後方に回り込もうとする極彩色の馬賊ハッカペルの一団は、アンダースの部隊でも対処できるほどだった。恐らく、騎士団と第六聖女親衛隊を分断し、あわよくば誘因しようとしているのだろう。見え透いた手口である。

 それでも、放たれる矢は、空を裂く炎は、騎士たちを確実に射抜いていく。一方で騎士団の銃撃は、距離が開いていることもありあまり効果がない。

「蛮族どもの挑発に乗るな! 足並みを揃え、整然と迎え撃て!」

 ミカエルの指示に、ディーツが縦横に幕僚を走らせ、騎士団を統率する。副官の鎖帷子くさりかたびらとサーコートはたった一日でボロのように擦り切れてしまったが、しかしその声は依然として頼もしかった。


 ミカエルは耐えた──焦れて、規律を失った方が負ける。それだけははっきりしている。


 騎士団の側面で、第六聖女親衛隊と敵の歩兵隊が撃ち合いを始める。敵歩兵はまとまってはいるが、しかし騎兵に合わせた急追のためか、野戦砲は牽引しておらず、圧力はそれほど感じない。

 しかし親衛隊を援護する余裕は今の騎士団にはなかった。ミカエル自身も目の前の敵に対処することで精一杯だった。

 ウィッチャーズの独断行動が悪い方向に効いてきた。千騎の単独部隊で殿軍を務めようとしたが、しかし極彩色の馬賊ハッカペルにはすでに突破を許している。黒騎兵オールブラックスを足止めできているかもしれないが、後続の歩兵隊にまでは手が回っていない。結果的には原隊に留まっていた方がウィッチャーズとしても有利だったであろう。

 そしていくら千騎足らずとはいえ、やはり極彩色の馬賊ハッカペルは油断ならない敵だった。

 〈東の覇王プレスター・ジョン〉の末裔であり、元々は遊牧の騎馬民である極彩色の馬賊ハッカペルは、確かに優れた騎兵ではあるが、しかし所詮は蛮族である。本来は軍隊としての規律はおろか、戦略も戦術も持たない。しかし目の前の敵の動きは、明らかに統制されている。

 先ほど刃を交えた強き北風ノーサーのオッリは確かにその威容に違わぬ猛者であったが、統率力のある指揮官には到底思えない。ならばそれを操っている者がおり、その敵こそが本当に注意しなければならない存在である。


 飛び交う矢を払い除けながら、真に警戒しなければならない敵を見誤らぬよう、ミカエルは戦場に目を凝らした。


 けたたましい狂騒の影で、漆黒の胸甲騎兵が不気味に蠢く。

 黒騎兵オールブラックス──三兵戦術の中核を担う、帝国軍第三軍団騎兵隊のもう一つの部隊であり、事の発端である〈黒い安息日ブラック・サバス〉において最先鋒として冒涜的殺戮を敢行した、漆黒の胸甲騎兵。

 それを率いる騎士殺しの黒騎士──実父を殺害して家督を奪い、没落した下級貴族からのし上がったという男、マクシミリアン・ストロムブラード。

 焼かれた騎士の紋章を家紋とし、蛮族たちを使役する恥知らず──会ったこともない噂でしか知らぬその男に、ミカエルは言い知れぬ嫌悪感を抱いた。


 その黒騎兵オールブラックスが、白煙の中から徐々に姿を現し始める。


 黒竜旗が、月盾の軍旗に、そして第六聖女の天使の錦旗に迫る。

 第六聖女親衛隊の歩兵方陣と黒騎兵オールブラックスが交錯する。歩兵隊と歩調を合わせ方陣を崩そうと誘いをかける黒騎兵オールブラックスの攻勢にも、親衛隊は耐えている。長槍兵の槍衾やりぶすまと銃兵の一斉射撃の防御隊形は、どんな精強な騎兵も突破はできない。親衛隊はしっかりと規律を保って対応できている。


 燃える冬の夕景が、ゆっくりと夜の闇に溶け始める。

 父の所在やその後のことはまだわからない。しかしこのまま耐えれば今日が無事に終わる。教会遠征軍としては一敗地に塗れたが、しかし少なくとも、今日は生き延びられる。立ち上がり、また戦える。


 心の片隅に、うっすらと希望が灯る。しかしその瞬間、始まりの雷鳴が再び戦場に轟いた。


 至近距離で鳴り響く砲声が、月盾の軍旗を、第六聖女の天使の錦旗を震わす。


 ミカエルは砲声の先に目をやった。

(敵の歩兵隊に随伴する野戦砲はなかったはず……。ならばどこから……!?)

 しかし当惑するミカエルをよそに、砲声は間髪入れず耳をつんざく。


 夜闇迫る空が赤々と燃え上がる。


 落ちる寸前、戦火は沈みゆく夕陽を煽りながら、まだ終わらぬと言わんばかりに燃え上がった。

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