1-16 戦場に馳せる意志 ……ヤンネ
燃える雪原に、灰と雪の舞う夕景に、極彩色の風が吹き荒れる。
二百騎の手勢を引き連れ駆けるヤンネの前に月盾の軍旗が翻る。千騎ほどの
「見ろ! のろまな〈教会〉の豚どもだ! 馬は傷つけずにぶん捕れ! 馬上の奴らは好きに殺せ!」
父オッリの笑い声に呼応し、
(野蛮人め)
父の背に嫌悪感を抱きながら、しかしヤンネもそのあとに続く。
迫る馬蹄がその圧力を増していく。
互いの前衛が射撃体勢を取る。騎士たちが
接敵を前に、銃弾が撃ち鳴らされ、硝煙を矢が切り裂く。唸りをあげる矢が月盾の騎士たちを次々に射抜く。対して、敵の銃弾は空を切るばかりでほとんど命中していない。熟達した弓馬の腕と、弾幕頼りの銃火、それも短銃身の拳銃とでは、命中精度がまるで違う。
前衛の騎射に続き、騎馬群が交錯する。
「叩き殺せ!!」──猛然と襲いかかる
すれ違い様、血が風に舞う。
父を先頭に、極彩色の戦士たちが月盾の騎士たちを馬上から叩き落す。確固たる意志を持った殺意を、さらに狂猛な殺意が
「仕留めきれなくともそのまま前に駆け抜けろ! 乱戦に持ち込ませるな!」
配下の者たちを鼓舞しながら、ヤンネもサーベルを振るう。
きらめく剣身が、厳めしい鉄の甲冑が、眼前に迫り来る。剣先を躱し、その剣を持つ腕を斬り落とす。掴みかかろうとする敵は甲冑か馬腹を蹴り飛ばし地面に転がす。戦いながらも疾駆の勢いは緩めず、転ばないよう人馬の隙間を駆け抜ける。
敵の多くは半甲冑を着、剣と拳銃で武装した汎用騎兵である。足を止められ殴り合いに持ち込まれた場合、軽装の
そう、たとえ装備は劣っていても、野蛮人だと思われていても、自分たちは名ばかりの騎士などよりも強いのだ──その自負がヤンネの心をたぎらせた。
極彩色の風が、月盾の騎士たちを穿つ。
敵の隊列を突破する。麾下の二百騎はしっかりとついてきている。
反転しての再攻撃は必要なかった。雪煙舞う背後では、後続の
同じ帝国軍第三軍団の騎兵、漆黒の胸甲騎兵の姿を、ヤンネは羨望の眼差しで見た。
ヤンネはずっと、
もちろん生みの親はいるし、ローペのような部族の守り役もいる。しかし真剣に将来を考えて親身になって面倒を見てくれたのは、ストロムブラード隊長と、その妻の
没落した下級貴族の出身ながら己が力で第三軍団の騎兵隊長にのし上がった騎士殺しの黒騎士は、その出自や異名ゆえ、旧家や名家の王侯貴族からは煙たがられていたが、しかしヤンネにとっては最も身近な英雄だった。
身分が低くても、卑賎の身でも、〈帝国〉と皇帝のために戦う者には平等に道は拓かれている……──。
〈
だが父がいる限り、それは到底果たせない夢だった。
父のことが、部族の大人たちが、ヤンネは大嫌いだった。ストロムブラード隊長は父のことを戦友と呼んだが、なぜこんな野蛮人と仲がいいのか、なぜこんな野蛮人たちと共闘してくれるのか、ヤンネには理解ができなかった。
本当は
光は未だ遠い。しかしいつかきっと、ストロムブラード隊長とその妻の
ヤンネは決意を新たに、視線を敵軍へと向けた。
燃える冬の夕景に、教会遠征軍の姿が現れる。
その敵は後退こそしているが、背を向けて逃げ出してはいなかった。天使の錦旗を中心に、第六聖女親衛隊は方陣を組んでいる。鈍重な動きの古臭い密集方陣だが、それは一目で崩せないとわかるほど強固であり、そばには
ふと、ヤンネは父に目をやった。血を噴き出す首を弄びながら、父は頬を歪めていた。それは獲物を前に狂喜する獣のようだった。
「ヤンネ! 騎士団の背中に回り込め! 味方が砲を準備する間、
相変わらず腹の立つ父親だったが、ヤンネは命令を承服し、帝国軍人の敬礼をした。部族伝統の杯を交わすポーズは取らなかった。
「行け! 狩りの前の余興だ! 〈
何が血の雨だ。何が〈
眼前に、再び月盾の軍旗が翻る。
第六聖女の天使の錦旗を守る四千騎ほどの
「よっしゃあ! 次も一番槍は俺が貰うからな!」
接敵を前に、ヤンネと同年の戦友のコッコが手斧を振り上げ発奮する。ヤンネと比べると子供のように小柄だが、その勇気と胆力は誰にも負けていない。
「落ち着け! 俺たちの役目は敵の攪乱と後続部隊の補助だ! 規律を守って行動しろよ!」
「わかってらぁ! 〈教会〉の騎士どもを皆殺しにして、俺たちの力を帝国人どもに見せつけてやろうぜ!」
ヤンネはコッコを諫めたが、当の本人は興奮状態で聞いていなかった。ヤンネと同じく帝国人の軍装をする同年代の戦友たちも、コッコの気勢に当てられたのか、勝ち戦の勢いゆえか、冷静さを失っているように見える。
「若殿は全体の指揮に専念なされ。コッコや新兵どもの面倒はわしが見ますゆえ」
副官の
「みな遅れを取るなよ! 我らが大将、
ヤンネは唇を噛み締めた。
鬱屈する思いに苛まれるまま、馬上で弓を引き絞り、つがえる矢に力を込める。
「〈帝国〉の地を踏み躙る侵略者どもを許すな! 完膚なきまでに叩きのめせ!」
ヤンネは感情のままに吼え、そして月盾の騎士に向かい矢を放った。
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