1-9 〈東の王〉の末裔たち  ……オッリ

 オッリは獲物に狙いを定めるとともに馬腹を蹴った。しかしそのとき、大柄な体躯の一騎が真っ向から行く手を塞いだ。

「おい親父! 命令無視して何やってんだよ!?」

「あぁ? ガタガタうるせぇな。敵殺してるだけだろうが」

「士官階級はできるだけ捕虜にしろって命令だったろ!? 手当たり次第に殺してんじゃねーよ!」

 現れた息子のヤンネは開口一番、父親であるオッリを咎めた。オッリや仲間たちが刈り取った首級を見る目はゴミでも見るかのように冷たかった。


 息子の態度に腹が立ち、オッリはその胸ぐらを掴んだ。ヤンネは何も言わなかったが、しかし父親のオッリを見返す目は怒りに満ちていた。


 部隊指揮官を示す羽飾りつきの皿型兜ケトルハットを被り、帝国式のバフコートを着る長男のヤンネは十五歳になっていた。帝国人のような格好をしてはいるが、騎馬民としての腕は良いし、部族を統率するだけの器量、胆力も持ち合わせている。まだ髭は生え揃わないが、体は並みの大人より大きい。幼少から喧嘩と戦いにも慣れており、同年代の帝国人士官より戦闘経験も殺人経験も豊富。今は部隊将校として極彩色の馬賊ハッカペルの二百騎を任せており、表情も日に日に精悍さを増している。


 ただ、部族の後継者たるヤンネは生意気で反抗的だった。


 騎士道? 軍人の心得? 〈神の依り代たる十字架〉の信仰? そんな吐き気のする知識と教養をひけらかし、いちいち部族のやり方に文句をつける。〈大陸共通語〉の読み書きのできぬオッリら年長者たちを馬鹿だ無学だとことさらあげつらう。歩き始めるとともに馬を駆り、弓矢と手綱を手に生きてきたオッリにとって、我が物顔で役に立たない知識を振りかざす息子は、小賢しく、腹立たしかった。


 神も皇帝も国家もクソ喰らえ──三十年前、部族が〈帝国〉に臣従したあともオッリはずっとそう思って生きてきた。そしてその思いは、己の生き様として、身体中の刺青いれずみに刻まれている。


 だが、流浪の騎馬民の自由を知るオッリと違い、〈帝国〉で生まれ育ったヤンネや若い者たちは帝国人になりたがっていた。若い世代は〈帝国〉の風土に馴染んでいる者も多く、極彩色の馬賊ハッカペルの中にあっても帝国人の軍装を好んだ。しかしそれは部族の伝統を蔑ろにされているようで全く気に入らなった。

 若い世代の増長は腹立たしかったが、息子たちの面倒を見てくれている黒騎兵オールブラックス隊長のマクシミリアン・ストロムブラードとその妻ユーリア夫人レディ・ユーリアは、「それはただ、時の移ろいだ」と言ってオッリを窘めた。だから最近は息子世代の者たちに口を出すのは止めにした。


 息子がどうしようと、俺は今まで通り生きる──なぜなら、俺こそが極彩色の馬賊ハッカペルを率いる長なのだから。


 感情に身を任せるまま、オッリは息子を睨みつけた。

「手ぇ離せよクソ……。人殺しのチンピラが……」

「何だてめぇ? 文句言いに来ただけかよ? 用がねぇならさっさと後ろ下がれ」

 なおも反抗的な息子をオッリはほとんどぶん殴ろうとしていたが、しかしヤンネはその前に腕を振り解き、一歩下がった。

「伝令が来た。敵軍指揮官のヨハン・ロートリンゲン元帥を捜索しろって、ストロムブラード隊長からの命令だ」

 襟元を直しながらヤンネが口を尖らせる。冷淡なその口調は相変わらず腹立たしかったが、今度は聞き流した。

「はいはい、ヨハンなんちゃらね? じゃあ、第六聖女様と一発ヤったら探すから、先にこっち手伝ってくれってお願いしに行け」

 オッリは敗走する天使の錦旗を指差し笑ったが、ヤンネは露骨に顔をしかめた。

「ふざけんな! 命令無視もいい加減にしろよ! 友軍だからっていつも黒騎兵オールブラックスばっかに負担押しつけやがって! 少しはストロムブラード隊長の迷惑も考えろよ!」

「大丈夫だって。お前の尊敬する騎士殺しの黒騎士は、この手の不謹慎なネタが割と好きなんだよ」

 マクシミリアンの反応を想像しオッリは思わず笑ってしまったが、ヤンネの目に燃える怒りは激しさを増す一方だった。

「わかったから早く行けよ。僕の将来のお嫁さんを探すのを手伝って下さいとか何とかお願いすりゃ、あいつもきっと喜ぶぞ」

「はぁ!? そんなふざけたこと言えるわけねーだろ!? そんなに女漁りしたきゃ自分で言いに行けよ!」

「俺が言っても聞き流されるだけだっつーの。それに伝令じゃなくてお前が直接言った方が、何となく重要そうに聞こえるだろうが。ほら、いいからさっさとマクシミリアン呼びに行け」

 あまりの要領の悪さに呆れ、オッリは息子の兜をぶっ叩いた。ヤンネは憤慨し睨んできたが、オッリが威圧すると口を噤み、そのまま走り去っていった。


 オッリは息子の後ろ姿を見ながら、ヤンネ隊の副官を務める老兵、鋼の戦人バトルメタルのローペを呼び止めた。

「いつも悪ぃなローペ。うちのバカが世話焼かせちまって」

「気になさるな大将。あれぐらい気骨のある方が、大将のように立派な戦士となるものです。それでは、遥かなる地平線にて」

「おぉ! 遥かなる地平線に! 大いなる血の雨を〈東の覇王プレスター・ジョン〉に!」

 互いに拳を掲げ、杯を交わす。先祖の言霊を唱え、遠い故郷に誓いを立てる。ローペはすぐに配下の部隊をまとめると、ヤンネのあとを追って白煙に消えていった。


 息子の姿が消えると、オッリは唾を吐き捨てた。盛り上がっていたところに水を差され、オッリはむしゃくしゃしていた。

「おい! 火ぃ寄こせ!」

 苛立ちに身を任せ、敵陣に向け火矢を放つ。手にした松明を、その辺の死体に投げ捨て燃やす。

「オラ、狩りの時間だ! 派手に打ち鳴らせ!」

 鼓笛手が突撃の音頭を奏で、同胞たちが歌い吼える──女を奪え、女を犯せ、遥かなる地平線に血の雨を、と。


 けたたましい狂騒が戦場に轟く。群れの士気に、息子に削がれた気勢に、再び火が点く。


 オッリは再び駆け出した。敗走する第六聖女の天使の錦旗に向かって。

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