1-9 〈東の王〉の末裔たち ……オッリ
オッリは獲物に狙いを定めるとともに馬腹を蹴った。しかしそのとき、大柄な体躯の一騎が真っ向から行く手を塞いだ。
「おい親父! 命令無視して何やってんだよ!?」
「あぁ? ガタガタうるせぇな。敵殺してるだけだろうが」
「士官階級はできるだけ捕虜にしろって命令だったろ!? 手当たり次第に殺してんじゃねーよ!」
現れた息子のヤンネは開口一番、父親であるオッリを咎めた。オッリや仲間たちが刈り取った首級を見る目はゴミでも見るかのように冷たかった。
息子の態度に腹が立ち、オッリはその胸ぐらを掴んだ。ヤンネは何も言わなかったが、しかし父親のオッリを見返す目は怒りに満ちていた。
部隊指揮官を示す羽飾りつきの
ただ、部族の後継者たるヤンネは生意気で反抗的だった。
騎士道? 軍人の心得? 〈神の依り代たる十字架〉の信仰? そんな吐き気のする知識と教養をひけらかし、いちいち部族のやり方に文句をつける。〈大陸共通語〉の読み書きのできぬオッリら年長者たちを馬鹿だ無学だとことさら
神も皇帝も国家もクソ喰らえ──三十年前、部族が〈帝国〉に臣従したあともオッリはずっとそう思って生きてきた。そしてその思いは、己の生き様として、身体中の
だが、流浪の騎馬民の自由を知るオッリと違い、〈帝国〉で生まれ育ったヤンネや若い者たちは帝国人になりたがっていた。若い世代は〈帝国〉の風土に馴染んでいる者も多く、
若い世代の増長は腹立たしかったが、息子たちの面倒を見てくれている
息子がどうしようと、俺は今まで通り生きる──なぜなら、俺こそが
感情に身を任せるまま、オッリは息子を睨みつけた。
「手ぇ離せよクソ……。人殺しのチンピラが……」
「何だてめぇ? 文句言いに来ただけかよ? 用がねぇならさっさと後ろ下がれ」
なおも反抗的な息子をオッリはほとんどぶん殴ろうとしていたが、しかしヤンネはその前に腕を振り解き、一歩下がった。
「伝令が来た。敵軍指揮官のヨハン・ロートリンゲン元帥を捜索しろって、ストロムブラード隊長からの命令だ」
襟元を直しながらヤンネが口を尖らせる。冷淡なその口調は相変わらず腹立たしかったが、今度は聞き流した。
「はいはい、ヨハンなんちゃらね? じゃあ、第六聖女様と一発ヤったら探すから、先にこっち手伝ってくれってお願いしに行け」
オッリは敗走する天使の錦旗を指差し笑ったが、ヤンネは露骨に顔をしかめた。
「ふざけんな! 命令無視もいい加減にしろよ! 友軍だからっていつも
「大丈夫だって。お前の尊敬する騎士殺しの黒騎士は、この手の不謹慎なネタが割と好きなんだよ」
マクシミリアンの反応を想像しオッリは思わず笑ってしまったが、ヤンネの目に燃える怒りは激しさを増す一方だった。
「わかったから早く行けよ。僕の将来のお嫁さんを探すのを手伝って下さいとか何とかお願いすりゃ、あいつもきっと喜ぶぞ」
「はぁ!? そんなふざけたこと言えるわけねーだろ!? そんなに女漁りしたきゃ自分で言いに行けよ!」
「俺が言っても聞き流されるだけだっつーの。それに伝令じゃなくてお前が直接言った方が、何となく重要そうに聞こえるだろうが。ほら、いいからさっさとマクシミリアン呼びに行け」
あまりの要領の悪さに呆れ、オッリは息子の兜をぶっ叩いた。ヤンネは憤慨し睨んできたが、オッリが威圧すると口を噤み、そのまま走り去っていった。
オッリは息子の後ろ姿を見ながら、ヤンネ隊の副官を務める老兵、
「いつも悪ぃなローペ。うちのバカが世話焼かせちまって」
「気になさるな大将。あれぐらい気骨のある方が、大将のように立派な戦士となるものです。それでは、遥かなる地平線にて」
「おぉ! 遥かなる地平線に! 大いなる血の雨を〈
互いに拳を掲げ、杯を交わす。先祖の言霊を唱え、遠い故郷に誓いを立てる。ローペはすぐに配下の部隊をまとめると、ヤンネのあとを追って白煙に消えていった。
息子の姿が消えると、オッリは唾を吐き捨てた。盛り上がっていたところに水を差され、オッリはむしゃくしゃしていた。
「おい! 火ぃ寄こせ!」
苛立ちに身を任せ、敵陣に向け火矢を放つ。手にした松明を、その辺の死体に投げ捨て燃やす。
「オラ、狩りの時間だ! 派手に打ち鳴らせ!」
鼓笛手が突撃の音頭を奏で、同胞たちが歌い吼える──女を奪え、女を犯せ、遥かなる地平線に血の雨を、と。
けたたましい狂騒が戦場に轟く。群れの士気に、息子に削がれた気勢に、再び火が点く。
オッリは再び駆け出した。敗走する第六聖女の天使の錦旗に向かって。
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