燃える冬の夕景
1-8 強き北風 ……オッリ
冬の哭き声。血の道標。落ちゆく者の残り香──そして、獣たちの笑い声。
北限の峰から吹きつける
そして燃える十字架旗目掛け、
笑い声が燃える雪原を駆ける。わずかに踏み止まる〈教会〉の騎士たちに、極彩色の風が襲いかかる。
馬上から放つ矢が白煙を切り裂く。唸る矢が、騎士たちを次々に射抜いていく。
騎射に続き、けたたましい鼓笛と獰猛な喊声が轟く。鉈、蛮刀、戦鎚など、各々得意の近接武器に持ち替えた
ぶつかると同時に、極彩色の風が血飛沫を巻き上げる。その群れの先頭で、
振り下ろしたウォーピックの一撃が、騎士の兜を穿ち、頭蓋を砕く。顔中の穴という穴から、冗談のように血が噴き出す。生温い返り血が、極彩色の装具を、両腕の
「我らが父祖! 偉大なる〈
偉そうな〈教会〉の騎士たちを殺しながら、オッリは先祖の名を叫んだ。二百年前、〈
自らを燃える心臓の男と称し、この戦争を〈大祖国戦争〉と呼んだグスタフ三世は、三ヵ月にも及ぶ遅滞作戦ののち、ここボルボ平原でついに反撃に討って出た。そして一撃で大勢は決した。
皇帝自らが指揮を執ったボルボ平原の会戦は帝国軍の圧勝だった。動員兵力は五万と同等だったが、戦略的撤退により温存されていた帝国軍は、兵の質、士気ともに精強であり、長期行軍により疲弊していた教会遠征軍を鎧袖一触で蹴散らした。鉄の修道騎士と称される教会遠征軍の総指揮官ヨハン・ロートリンゲンも、噂と違い大した相手ではなかった。反攻の直前に到来した冬も帝国軍に味方し強襲を後押しした。
帝国軍第三軍団騎兵隊の友軍である
「おー、あいつも派手にやってんな」
オッリの視界の先で漆黒の胸甲騎兵が駆ける。戦友であり上官でもあるマクシミリアン・ストロムブラードが率いる
ただ、組織的な抵抗は疎らだった。教会遠征軍の総指揮官、ヨハン・ロートリンゲン元帥の生死に関わらず、態勢の立て直しは誰がどう見ても不可能であり、帝国軍の部隊の多くは追撃戦へと移行している。
勝敗は決した──このあとは
敵を完膚なきまでに叩き潰し、逃げ散る背中に気の赴くまま矢を射込む。従軍司祭を嬲り殺し、偉そうな騎士の首を刈る。十字架旗を奪い、放火し、敵兵を生きたまま炎にくべ、焼き殺す……。一見すれば、和やかに狩りに興じる笑顔溢れる戦場である。
しかし笑顔の裏で、男たちは飢えていた。オッリも同胞たちと同様、飢えに飢えていた。小競り合いを除けば、三ヵ月もの間まともに戦ってなかったのである──まだまだ戦い足りない。奪い足りない。殺し足りない……。
白煙の中に浮かぶ獲物に狙いを定め、オッリは舌舐めずりをした。夕景に落ちていく、十字架を奉る天使の錦旗──〈教会七聖女〉の一人であり、教会遠征軍の旗印を務める少女、第六聖女セレン。
目的は女である。ヨハン・ロートリンゲンのような王侯貴族のお偉方は身代金か射撃の的にしかならない奴隷にも劣る畜生だが、女は違う。年端もいかぬ第六聖女の周りには、その世話をする侍女や、親衛隊の女騎士ら、美しい子女が大勢いる。それらを捕らえ、嬲り、犯す。孕ませ、産ませ、その子らは〈
要は、〈
ただ、日没は間近に迫っている。反撃も許さぬ大勝利を得た以上、グスタフ帝は夜戦までは仕掛けないだろう。つまり日没までの残された時間で、もう一戦果、最上級の獲物を仕留めたい。
沈む夕陽が影を増し、炎が宵闇に燃える。
オッリは力任せに敵兵の頭部をねじ切ると、それを
聖女を地面に引きずり倒し、その血を〈
燃え滾る血がオッリを衝き動かす。日没までの時間など関係ない。戦いはまだ終わっていない。
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