1-7 漆黒の胸甲騎兵  ……ミカエル

 一際冷たい北風がミカエルの背筋を撫でる。


 冬が、体を蝕む。紛れもない怖気に、背筋が凍る。

 自覚したくなかったが体は震えていた。ミカエルは手の震えを堪えながら革筒から遠眼鏡を取り出し、その風の先を覗いた。


 見上げる先、雪煙にまどろむ北の丘の稜線に、漆黒の胸甲騎兵が姿を現す。

 〈帝国〉の黒竜旗よりも禍々しい漆黒に、風が哭く。

 この戦争の発端、〈第六聖女遠征〉が始まるきっかけとなった〈黒い安息日ブラック・サバス〉において、帝国軍の最先鋒として〈教会〉領に侵攻し、冒涜的殺戮を慣行した部隊。北馬と称されるほど優秀な軍馬と騎兵を有する〈帝国〉の中でも、最も血生臭く、薄汚い騎兵隊──騎士殺しの黒騎士と呼ばれる男、マクシミリアン・ストロムブラード率いる黒騎兵オールブラックス──が、ボルボ平原の戦場を睥睨する。


 そして、その漆黒が動き出す。


 〈帝国〉の黒竜旗が翻る。三千騎はいるであろう黒騎兵オールブラックスが、サーベルを抜き、丘を駆け降りる。


 けたたましい砲声が、突撃の喚声が、戦場に轟く。

 黒騎兵オールブラックスの動きに合わせ、帝国軍の他の部隊も一気呵成に攻勢を仕掛けてくる。

 地鳴りが呻き悶える。野戦砲の集中砲火を、戦列銃兵の一斉射撃を受け、教会遠征軍本陣の十字架旗が大きく揺らぐ。その一角、歪み、軋み、穿たれた亀裂に、黒騎兵オールブラックスが突っ込む。


 雪をまとった黒き風が獰猛な唸り声をあげる。


 喧騒の中で交錯する、生と死のせめぎ合い。兵士たちの耳元で囁かれる、死の音色。混ざり合って奏でられる、戦いの狂騒──それら全てを切り裂き、どす黒い衝撃が戦場を貫く。


 駆ける漆黒が教会遠征軍の群れを蹂躙する。父ヨハン、そして第六聖女セレンがいるであろう本陣の十字架旗が、次々と倒されていく。

 その突撃に続き、どこからともなく放たれた火矢が空を切り裂く。十字架旗に火がかけられ、燃え広がる炎が至るところで火薬に引火し、誘爆し始める。

 誘爆の爆音とともに、黒騎兵オールブラックスを讃える歓声が、皇帝グスタフ三世を讃える凱歌が、帝国軍より湧き上がる。

 炎に煽られ、黒竜旗に追われ、〈第六聖女遠征〉の旗印たる天使の錦旗が本陣から落ちていく。それを尻目に、激しく燃える冬の夕景には〈帝国〉の黒竜旗が悠然と翻る。


 勝敗は決した──教会遠征軍の戦列は堰を切ったように崩壊し、そして壊走が始まった。


 冬の夕景が燃え落ちていく。


 あっという間の出来事だった。燃え広がる燎原の火のように、〈帝国〉の黒竜旗は〈教会〉の十字架旗を呑み込んでいった。ミカエルは、月盾騎士団ムーンシールズは、なす術なくその顛末を見ているしかなかった。


 ミカエルは斜陽の空を仰いだ。


 何もかもが赤かった。誰のものか、古めかしい直剣を伝い、血が雪原に垂れ落ちた。

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