1-6 ムーンシールズ突撃②  ……ミカエル

 月盾の軍旗が風をまとう。


 戦場へと突っ込んでいく月盾の騎士たちが雄たけびを上げ、雪原を揺らす。


 月盾騎士団ムーンシールズの先頭をミカエルは駆けた。騎士団旗を持つ従士のヴィルヘルムも、遅れずについてくる。

 本陣への進路を見極めるディーツの指揮に従い、剣と騎槍ランスを構える重騎兵、歯輪式拳銃ホイールロックピストルとマスケット騎銃カービンで武装した銃騎兵が続く。


 勢いのまま、敵軍右翼に襲いかかる。

 すぐに少数で突出していた帝国軍騎兵を捉える。すれ違い様、疾駆とともに一人切り伏せ、次いで拳銃を向けてきた敵の腕を手甲ごと叩き落とす。

 月盾の紋章が、血と硝煙の臭いを帯びる。舞い散る血が、月の盾の紋章を赤く染める。

 騎兵を蹴散らし、本陣を包囲する帝国軍歩兵の後背を攻める。戦列の間隙を突き、突破を図る。

 しかしその行く手に、反転してきた敵歩兵が群がってくる。

「敵は小勢だ! 蹴散らせ!」

 群がる敵歩兵を薙ぎ倒す。隊列が整う前に懐に入ってしまえば長槍パイクもマスケット銃も無用の長物である。疾駆の勢いのまま、馬蹄で敵を踏み潰し、蹴散らす。


 教会遠征軍の本陣に近づく。軍旗に描かれる天使の姿も、徐々に大きくなる。恐らく、本陣の味方も月盾騎士団ムーンシールズの接近に気づいているのだろう。祈りの歌声に混じり、僅かだが歓声も聞こえてくる。


 ミカエルは馬に拍車をかけ、天使の錦旗を目指し駆けた。

 だが、突撃の勢いはすぐに途切れてしまった。小勢を蹴散らした先には、隊列を組んだ長槍パイクの穂先が待ち構えていた。

 そこまでだった。リンドバーグ率いる重騎兵部隊が帝国軍の槍衾やりぶすまに突撃を潰される。棒立ちになったところを銃撃され、銃弾が月盾の騎士たちの甲冑を撃ち抜いていく。

 立ち塞がる歩兵戦列の圧に、じりじりと押し返される。

 新手を繰り出し何度か突破を試みるも、一度まとまってしまった歩兵を崩すのは容易ではなかった。人面甲グロテスクマスクのリンドバーグが最前線で大剣を振るい、何人もの敵兵を宙に吹き飛ばすも、突破口は穿てない。アンダース率いる銃騎兵の陽動射撃にも、敵の隊列は動じる気配を見せない。迂回しようにも、両翼からは敵騎兵が羽虫のように群がり、徐々に身動きが取れなくなっていく。


「我らが月盾の長に続け!!」

 月盾の騎士たちの鬨の声が冬の風に流され消える。


 ミカエルのそばで、長つばの騎兵帽に飾られた青羽根が銃弾に撃ち抜かれ飛散する。

「兄上! 一旦後退しましょう!」

 馬上で背中を丸めながら拳銃に弾丸を装填するアンダースが叫ぶ。

「弟君! ここで後退したら敵が完全に態勢を立て直します! そうなれば突破は不可能です!」

 アンダースの言葉にディーツが答える。宿将の古き鎖帷子くさりかたびらとサーコートは、この短時間の戦闘で早くも擦り切れている。

「ならどこに向かえばいいか指示を出せ! このままでは包囲されるぞ!」

「狼狽えるなアンダース! 戦闘に集中しろ!」

 ミカエルは自身の動揺を悟られまいと、睨むようにして弟を制した。アンダースは露骨に舌打ちしながらも、姿勢を正し、どうにかその場に踏み止まった。


 白煙の中で銃弾が飛び交い、剣戟に血が舞い散る。


 遠い。本陣まではあと少しなのに、守るべき〈教会〉の十字架旗、そして第六聖女の天使の錦旗は見えているのに、手を伸ばしてもそれは届かない。


 ミカエルは歯軋りして天を仰いだ。


 本陣の味方との合流を前に月盾騎士団ムーンシールズの突撃は頓挫し、戦況は瞬時に膠着状態に陥る。血帯びた風は重く、硝煙は進むべき道を覆い隠し、戦闘だけがその激しさを増していく。


 干戈が交わるたび、古めかしい直剣が力なく哭く。


 燃える夕陽が焦燥を煽る。白煙の中、様々な煩悶が浮かんでは消える。目に映る全てが、迷いを生じさせる。

 どうするべきかわからなかった──このままではやがて進むも退くもできなくなる──もはや一刻の猶予もないことは理解していたが、しかし心は迷い、次の命令は下せなかった。

 ミカエルは必死に剣を振った。ただ、剣を振るうことしかできなかった。だが、突き出される長槍パイクの穂先を打ち払うのが精一杯で、なす術はなかった。


 そのときだった。そんなミカエルの心の迷いを見透かしたかのように、一際冷たい北風が戦場に吹き荒れた。

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