1-13 狂獣の単騎駆け  ……ミカエル

 それはあまりにも荒々しく、あまりにも堂々とした単騎駆けだった。


 唸りを上げる矢が硝煙を切り裂く。予備の拳銃に持ち替えたり、剣を抜く暇もなく、月盾騎士団ムーンシールズの騎士たちが次々と射落とされていく。何とか白兵戦の態勢を整えた騎士たちが剣を振るも、その一騎は飄々とした曲乗りでそれらを躱す。


 狂獣のように眼光をぎらつかせ、歯を剥き出しにして大笑いする、あまりに屈強な熊髭の大男。弓を引き絞る両腕には、冒涜的な刺青いれずみと生々しい古傷が垣間見える。


 勢いを増しながら突っ込んでくる極彩色の一騎と、ミカエルの視線が交錯する。


 刹那、唸るやじりがミカエルの耳元を掠める──そして、狂猛な笑顔の大男が目の前に飛び込んでくる。


 ミカエルは咄嗟に歯輪式拳銃ホイールロックピストルを盾に身構えた。


 すれ違い様、凍てついた風が吹き抜け、重く鈍い衝撃が全身に走る。


 右手に握っていた拳銃は叩き落とされていた。何とか一撃は防いだものの、手も体も、頭さえもが、震え、痺れ、動かなかった。剣を抜くどころか、馬上で態勢を保つのが精一杯で、反撃などとてもできなかった。


 動揺するミカエルの視線の先で、血染めのウォーピックを持つ熊髭の大男は相変わらず笑っていた。


 一目見て、それが何者を理解する──二百年前、大陸の平和を破壊し尽くした全ての元凶、〈東の覇王プレスター・ジョン〉の末裔を名乗る極彩色の馬賊ハッカペルの長にして、強き北風ノーサーの二つ名を冠する男。


 剣を抜く。言い知れぬ怒りが、形容できぬ憎悪が湧き上がる。しかし剣を握る手は未だ震えている。


 笑う強き北風ノーサーが再び動く。瞬きの間、一瞬で互いの間合いが詰まる。

 完全に後手に回った──剣を構えるが手遅れだった。それでも、とにかく動けと歯を食い縛る。


 そのとき、ミカエルの背後から唸る鉄塊が躍り出た。


 重い鉄の風と鋭い強き北風ノーサーの一撃が火花を散らす。

 人面甲グロテスクマスクが咆哮し、大剣が重々しく風を切る。騎士団の上級将校リンドバーグが、単騎で駆ける極彩色の馬賊ハッカペルの大男と相対する。


 人並み外れた巨漢二人が、雪原にぶつかり合う。


 瞬時に戦場の空気が固まる。次の一撃を繰り出すべく、互いが刹那の間合いを見極める。

 一瞬の、あるいはどれほどの膠着か──誰もがこの瞬発的な一騎打ちに固唾を飲む中、唐突に銃声が響いた。その音でミカエルは我に返った。

「兄上! ご無事ですか!?」

 棒立ちのミカエルのそばにアンダースが駆けつけてくる。それに続き、銃騎兵たちが強き北風ノーサーに銃弾を浴びせる。だが、強き北風ノーサーのオッリは即座に馬首を返すと、旋風のように来た道を引き返し、けたたましい笑い声を残して白煙の中に消えていった。


 極彩色の馬賊ハッカペルの狂笑が止む。戦場の喧騒が、不穏な静寂を孕みながら遠退いていく。


 しばらくの間、月盾騎士団ムーンシールズは呆気に取られていた。騎士団の誰もが、強き北風ノーサーの衝撃の残り香に当てられ、棒立ちになっていた。

「何をボサッとしておる! 将校らは損害を確認し報告せよ! 各自接敵に備え、戦闘態勢を整えよ!」

 ミカエルに代わり、副官のディーツが騎士たちを一喝する。それで落ち着きを取り戻したのか、騎士たちが慌ただしく動き出す。

「敵の尖兵どもは追い払った! このまま第六聖女親衛隊と合流する!」

 手の痺れを堪えながら、ミカエルは古めかしい直剣を掲げた。

 旗手のヴィルヘルムが月盾の軍旗を高々と掲げ、弟のアンダースも刺剣レイピアを掲げる。理不尽な暴勇を見せつけられ、平静さを失っていた月盾騎士団ムーンシールズの全員が、自らを奮い立たせるように咆哮する。それに呼応するように、第六聖女親衛隊からも歓声が上がる。


 だが、そんな束の間の気勢も鳴り止まぬ砲声がすぐにかき消してしまった。雷鳴は未だ止む気配はない。

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