1-14 帝国軍第三軍団騎兵隊 ……オッリ
オッリが去ったあと、動き出した月盾の軍旗が第六聖女の天使の錦旗を守るようにして翻る。
すると、そんなオッリの心情を見越したか、戦塵の中から漆黒の胸甲騎兵が現れた。
帝国軍第三軍団騎兵隊の友軍、
返り血を浴びた
「随分と派手な単騎駆けだったな。いつの時代かと思ったよ」
「やっと来たか! あんまり遅ぇからどこぞでくたばってんのかと思ったわ!」
「勝手に殺すな」
帝国騎士を示す
漆黒と極彩色の群れが混ざり合う。部隊は違えど、同じ第三軍団騎兵隊として戦う者同士が、束の間、戦場で言葉を交わす。
マクシミリアン・ストロムブラードが指揮官を務める第三軍団騎兵隊は、三千騎の
両者とも、国内外問わずそこそこ名の知れた部隊ではある。お互いに、偵察、追撃、陽動などをこなす軽騎兵と、決戦兵種である重騎兵の中間、より幅広い任務に対応できる即応部隊である。
マクシミリアンはオッリたちと合流すると、何かを探しているのか、討ち取った首級に目をやる。
「お前たちが討ち取った首の中にヨハン・ロートリンゲン元帥の首はあるか?」
「さぁ? 偉そうな奴の首は片っ端から刎ねてるから、もしかしたらいるんじゃねーの?」
「首はあとで検分する。あまり雑に扱うなよ」
マクシミリアンは注意してきたが、首自体は一瞥しただけで特に調べもしなかった。
「それよりも……、どこかの馬鹿が盛大に放火しやがったせいで敵の本陣はめちゃくちゃだ。陥落させたのは俺たちだってのに、このままでは他の軍団に手柄を横取りされた挙げ句、最悪、元帥を取り逃がすぞ」
吐き捨てるマクシミリアンが険しい表情で〈教会〉の十字架旗を焼く炎を見上げる。
「そんな負け犬どうでもいいだろ。それよか、もっといい獲物が目の前にいるんだし、そっち狩りに行こうぜ?」
放火については思い当たる節はあったが、オッリは素知らぬ顔で聞き流し、そして第六聖女の天使の錦旗を指差した。
「まぁ第六聖女も手柄にはなるが……。というか、お前の目的は端からそっちだろ」
「もうすぐ日が暮れちまうだろ。それまでに今夜慰めてくれる新しい女を手に入れておかねぇと、お前の尻で俺の物を慰めてもらうことになるぜ?」
「お前がそんなくだらねぇことばっかりほざくから、男色だ何だと俺が貴族どもに野次られるんだ。ヤンネ、誤解しないとは思うが、俺はユーリア一筋だからな」
マクシミリアンは返す言葉でぴしゃりとはねつけると、ヤンネを見て微笑んだ。父親であるオッリに対してはいつも冷淡で不愛想なヤンネも、マクシミリアンの前では困った顔をしながらも頬を緩ませていた。
ただ、和やかな雑談はそこまでだった。黒騎士はすぐに峻厳な指揮官の顔に戻ると、遠眼鏡を獲物に向けた。
「ロートリンゲン家の
「騎士団って言ったって、どーせバカみたいに異教徒がーっとか、神様がーっとか騒いでる豚どもの集まりだろ?」
「その豚貴族どもにあしらわれたのはどこのどいつだ?」
即座に返されたマクシミリアンの言葉に、横にいたヤンネが小さく嘲笑する。
マクシミリアンの言葉はともかく、馬鹿にしたような息子の態度が癇に障り、オッリはヤンネの靴に唾を吐いた。ヤンネはまた憤慨し睨みつけてきたがオッリは無視した。
「親衛隊も足並みを揃えたな。何も考えず突っ込むのはもう無理だろうな……」
「第六聖女の方はもうちょっと脅せば崩れるはずだったんだぜ? それをあの豚どもが横槍入れてきたんだよ」
「その横槍の衝撃を忘れてはいないだろうな? 第六聖女親衛隊はともかく、
「敵褒めてどうすんだよ」
「
「だーから敵褒めてどうすんだっての。馬鹿にしてんのか、お前」
オッリはあえて語気を荒げたが、敵を眺めるマクシミリアンはその口元を歪め笑うだけだった。
刺々しい言葉が飛び交ったが、二人は笑顔だった。
二人が〈帝国〉の地で出会ってからもう二十年が過ぎていた。オッリは三十五歳に、マクシミリアンは四十歳になっていた。出会った当初はこうして共に死線を駆け回るとは思ってもいなかった。二十歳だったマクシミリアンは落ちぶれた下級貴族で、十五歳だったオッリは〈帝国〉に臣従したばかりのよそ者だった。
二人ともクソみたいなガキだった。だがそんな姿を知っているからこそ、オッリはゴミの掃き溜めのような〈帝国〉の中で、唯一マクシミリアンだけには確かな信頼を寄せていた。
「オッリ、お前ならこれからどう戦う?」
「どうにか分断すれば何とかなるかもだが、俺らだけじゃ無理だな。親衛隊と合わせて一万はいる。こっちは兵も足りなきゃ火力も足りねぇ。歩兵と砲兵をぶつけなきゃ潰せねーだろ」
込み上げてくる苛立ちを抑えながら、オッリはまた地面に唾を吐いた。後退しているとはいえ、敵歩兵がまとまってしまった以上、兵力で劣る騎兵単独ではどうやっても陣形を崩せないし、無理に力押しすれば大損害を被る恐れがある。歩兵陣には大砲による砲撃が有効だが、今回のような雪崩を打った追撃の場合、いくら軽量な野戦砲でも騎兵の速度には追従し切れない。砲がなければ、仮に歩兵隊が全速で走って追いついたとしても、マスケット銃兵の撃ち合いで終わるのが関の山である。
「けっ! 金持ち貴族のボンボンどもが! さっさとぶっ殺してやりてぇのに、面白くもねぇ!」
いくら考えてもいい案は浮かばなかった。戦況を分析できてしまう自分自身にすらオッリは腹が立った。
だがマクシミリアンはオッリの回答を待たず、すでに幕僚たちに指示を出し始めていた。
傍観する
「隊長さんよ、何かいい方法でも思いついたか?」
「敵が滅却し損ねた野戦砲が転がってるだろ? それを使う。いくつか鹵獲して敵戦列にぶち込む。それでどうにか打撃は与えられるだろう」
「さすが
「日没までもう時間がない。機会は一度きりだ。何発か砲弾をぶち込んだらそこに突っ込め。あとは残り時間で好きなだけ殺し、好きなだけ奪い取れ」
「何だよお前! 思ってたより
予想よりもすんなり事が運びそうなので、オッリは思わず笑顔になった。
「おい野郎ども! もう一狩りの準備しろ! 第六聖女と〈教会〉の女どもを奪い、遥かなる地平線に血の雨を降らせるんだ!」
煽るオッリに呼応し、
その間、ヤンネはずっとオッリのことを睨んでいた。だがマクシミリアンに背中を押されると、嫌そうな顔のまま
「そろそろ火器の使い方を覚えてみたらどうだ? いろいろと役立つぞ」
「はっ! そっちこそ、下手くそな弓の腕はどうにかなったんか!?」
オッリが一笑に付すと、マクシミリアンも頬を綻ばせた。四十歳を迎えた黒騎士の顔に刻まれた皺は心なしか深まっている気がした。
戦場を眺めるマクシミリアンの黒い瞳がどろりと澱む。
その目の色を見てオッリは安心した──冷徹な黒い瞳は、死に満ちる戦火を真っ直ぐに望んでいる。
「さて、〈
その眼光は出会った頃と何ら変わらず、ずっと血を求め燃えていた。
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