1-14 帝国軍第三軍団騎兵隊  ……オッリ

 オッリが去ったあと、動き出した月盾の軍旗が第六聖女の天使の錦旗を守るようにして翻る。


 月盾騎士団ムーンシールズの軍旗が目に映るたび、臓腑が煮えくり返った。敵の軍旗を遠巻きに、オッリは唾を吐き捨て、そして叫んだ──次は必ずぶっ殺す、と。


 すると、そんなオッリの心情を見越したか、戦塵の中から漆黒の胸甲騎兵が現れた。

 帝国軍第三軍団騎兵隊の友軍、黒騎兵オールブラックス がやってくる。

 返り血を浴びた騎兵用モリオン兜ライテル・モリオンから、古びた刀傷の残る黒い胸甲、黒革の乗馬ブーツに至るまで、見慣れた姿の黒騎士が、黒い群れを先導する。すぐ後ろには無口な影スーサイド・サイレンスと呼ばれる黒いローブを着た護衛が、その横には今では黒騎士よりも大きな体になった息子のヤンネもいる。

「随分と派手な単騎駆けだったな。いつの時代かと思ったよ」

「やっと来たか! あんまり遅ぇからどこぞでくたばってんのかと思ったわ!」

「勝手に殺すな」

 帝国騎士を示す竜の徽章ドラゴンフォースに、焼かれた騎士の家紋のマント──騎士殺しの黒騎士、マクシミリアン・ストロムブラードの黒い瞳は、冷めた口調とは裏腹にうっすらと笑っていた。


 漆黒と極彩色の群れが混ざり合う。部隊は違えど、同じ第三軍団騎兵隊として戦う者同士が、束の間、戦場で言葉を交わす。


 マクシミリアン・ストロムブラードが指揮官を務める第三軍団騎兵隊は、三千騎の黒騎兵オールブラックス と、千騎の極彩色の馬賊ハッカペルから構成されている。組織的には黒騎兵オールブラックスが上位部隊であり、極彩色の馬賊ハッカペルはその支隊である。だが〈東の覇王プレスター・ジョン〉の末裔である極彩色の馬賊ハッカペルは部族連隊としてある程度の自由な裁量も与えられており、厳密な隷下というわけでもない。

 両者とも、国内外問わずそこそこ名の知れた部隊ではある。お互いに、偵察、追撃、陽動などをこなす軽騎兵と、決戦兵種である重騎兵の中間、より幅広い任務に対応できる即応部隊である。


 マクシミリアンはオッリたちと合流すると、何かを探しているのか、討ち取った首級に目をやる。

「お前たちが討ち取った首の中にヨハン・ロートリンゲン元帥の首はあるか?」

「さぁ? 偉そうな奴の首は片っ端から刎ねてるから、もしかしたらいるんじゃねーの?」

「首はあとで検分する。あまり雑に扱うなよ」

 マクシミリアンは注意してきたが、首自体は一瞥しただけで特に調べもしなかった。

「それよりも……、どこかの馬鹿が盛大に放火しやがったせいで敵の本陣はめちゃくちゃだ。陥落させたのは俺たちだってのに、このままでは他の軍団に手柄を横取りされた挙げ句、最悪、元帥を取り逃がすぞ」

 吐き捨てるマクシミリアンが険しい表情で〈教会〉の十字架旗を焼く炎を見上げる。

「そんな負け犬どうでもいいだろ。それよか、もっといい獲物が目の前にいるんだし、そっち狩りに行こうぜ?」

 放火については思い当たる節はあったが、オッリは素知らぬ顔で聞き流し、そして第六聖女の天使の錦旗を指差した。

「まぁ第六聖女も手柄にはなるが……。というか、お前の目的は端からそっちだろ」

「もうすぐ日が暮れちまうだろ。それまでに今夜慰めてくれる新しい女を手に入れておかねぇと、お前の尻で俺の物を慰めてもらうことになるぜ?」

「お前がそんなくだらねぇことばっかりほざくから、男色だ何だと俺が貴族どもに野次られるんだ。ヤンネ、誤解しないとは思うが、俺はユーリア一筋だからな」

 マクシミリアンは返す言葉でぴしゃりとはねつけると、ヤンネを見て微笑んだ。父親であるオッリに対してはいつも冷淡で不愛想なヤンネも、マクシミリアンの前では困った顔をしながらも頬を緩ませていた。


 ただ、和やかな雑談はそこまでだった。黒騎士はすぐに峻厳な指揮官の顔に戻ると、遠眼鏡を獲物に向けた。

「ロートリンゲン家の月盾騎士団ムーンシールズか……。クソッ、第六軍団の予備役どもめ。陽動もろくにできんのか……」

「騎士団って言ったって、どーせバカみたいに異教徒がーっとか、神様がーっとか騒いでる豚どもの集まりだろ?」

「その豚貴族どもにあしらわれたのはどこのどいつだ?」

 即座に返されたマクシミリアンの言葉に、横にいたヤンネが小さく嘲笑する。

 マクシミリアンの言葉はともかく、馬鹿にしたような息子の態度が癇に障り、オッリはヤンネの靴に唾を吐いた。ヤンネはまた憤慨し睨みつけてきたがオッリは無視した。

「親衛隊も足並みを揃えたな。何も考えず突っ込むのはもう無理だろうな……」

「第六聖女の方はもうちょっと脅せば崩れるはずだったんだぜ? それをあの豚どもが横槍入れてきたんだよ」

「その横槍の衝撃を忘れてはいないだろうな? 第六聖女親衛隊はともかく、月盾騎士団ムーンシールズは鉄の修道騎士に鍛えられた、教会遠征軍でも名うての精鋭だ。闇雲に突っ込めば女狩りに興じる前にこちらが狩られるぞ」

「敵褒めてどうすんだよ」

月盾騎士団ムーンシールズの団長のミカエルとやらはロートリンゲンの跡取りで、まだ二十歳の若造らしいが……。お前らを退けるとは、中々に骨のある奴じゃないか。さすが高貴なる騎士様の御曹司だ」

「だーから敵褒めてどうすんだっての。馬鹿にしてんのか、お前」

 オッリはあえて語気を荒げたが、敵を眺めるマクシミリアンはその口元を歪め笑うだけだった。


 刺々しい言葉が飛び交ったが、二人は笑顔だった。


 二人が〈帝国〉の地で出会ってからもう二十年が過ぎていた。オッリは三十五歳に、マクシミリアンは四十歳になっていた。出会った当初はこうして共に死線を駆け回るとは思ってもいなかった。二十歳だったマクシミリアンは落ちぶれた下級貴族で、十五歳だったオッリは〈帝国〉に臣従したばかりのよそ者だった。

 二人ともクソみたいなガキだった。だがそんな姿を知っているからこそ、オッリはゴミの掃き溜めのような〈帝国〉の中で、唯一マクシミリアンだけには確かな信頼を寄せていた。


「オッリ、お前ならこれからどう戦う?」

「どうにか分断すれば何とかなるかもだが、俺らだけじゃ無理だな。親衛隊と合わせて一万はいる。こっちは兵も足りなきゃ火力も足りねぇ。歩兵と砲兵をぶつけなきゃ潰せねーだろ」

 込み上げてくる苛立ちを抑えながら、オッリはまた地面に唾を吐いた。後退しているとはいえ、敵歩兵がまとまってしまった以上、兵力で劣る騎兵単独ではどうやっても陣形を崩せないし、無理に力押しすれば大損害を被る恐れがある。歩兵陣には大砲による砲撃が有効だが、今回のような雪崩を打った追撃の場合、いくら軽量な野戦砲でも騎兵の速度には追従し切れない。砲がなければ、仮に歩兵隊が全速で走って追いついたとしても、マスケット銃兵の撃ち合いで終わるのが関の山である。

「けっ! 金持ち貴族のボンボンどもが! さっさとぶっ殺してやりてぇのに、面白くもねぇ!」

 いくら考えてもいい案は浮かばなかった。戦況を分析できてしまう自分自身にすらオッリは腹が立った。


 だがマクシミリアンはオッリの回答を待たず、すでに幕僚たちに指示を出し始めていた。

 傍観する極彩色の馬賊ハッカペルをよそに、黒騎兵オールブラックスの兵士たちが動き出す。

「隊長さんよ、何かいい方法でも思いついたか?」

「敵が滅却し損ねた野戦砲が転がってるだろ? それを使う。いくつか鹵獲して敵戦列にぶち込む。それでどうにか打撃は与えられるだろう」

「さすが黒騎兵オールブラックス様! 大砲も使えるとは頼りになるぜ!」

「日没までもう時間がない。機会は一度きりだ。何発か砲弾をぶち込んだらそこに突っ込め。あとは残り時間で好きなだけ殺し、好きなだけ奪い取れ」

「何だよお前! 思ってたよりる気じゃねぇか!」

 予想よりもすんなり事が運びそうなので、オッリは思わず笑顔になった。

「おい野郎ども! もう一狩りの準備しろ! 第六聖女と〈教会〉の女どもを奪い、遥かなる地平線に血の雨を降らせるんだ!」

 煽るオッリに呼応し、極彩色の馬賊ハッカペルの者たちが杯を交わすポーズをとりながら、冬空に歓喜する。

 その間、ヤンネはずっとオッリのことを睨んでいた。だがマクシミリアンに背中を押されると、嫌そうな顔のまま極彩色の馬賊ハッカペルに戻ってきた。

「そろそろ火器の使い方を覚えてみたらどうだ? いろいろと役立つぞ」

「はっ! そっちこそ、下手くそな弓の腕はどうにかなったんか!?」

 オッリが一笑に付すと、マクシミリアンも頬を綻ばせた。四十歳を迎えた黒騎士の顔に刻まれた皺は心なしか深まっている気がした。


 戦場を眺めるマクシミリアンの黒い瞳がどろりと澱む。


 その目の色を見てオッリは安心した──冷徹な黒い瞳は、死に満ちる戦火を真っ直ぐに望んでいる。


「さて、〈黒い安息日ブラック・サバス〉の再来といこうぜ」


 その眼光は出会った頃と何ら変わらず、ずっと血を求め燃えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る