1-12 ハッカペル  ……ミカエル

 燎原の火に煽られた大地に死が満ちていく。


 茫然と立ち尽くす月盾騎士団ムーンシールズの眼前で、本陣に掲げられた十字架旗が燃え落ちる。

 何もできなかった──ミカエルは己の無力さを嘆き、天を仰いだ。粉雪舞う夕景は血のように赤く、鮮やかでさえあった。


 そんな夕刻の空に、突如として一陣の強き北風ノーサーが吹き荒れた。


 教会軍本陣を粉砕した黒騎兵オールブラックスの漆黒に代わり、けばけばしい極彩色が戦場を疾駆する。

 白煙の中を、極彩色の装具に身を包んだ騎馬群が駆ける。両軍の中でも際立って異様な、どぎつい極彩色の軍装の帝国軍弓騎兵が、笑いながら戦場を駆け回る。


 極彩色の馬賊ハッカペルと呼ばれる蛮族の部隊は、二百年前の〈東からの災厄タタール〉で大陸を蹂躙し、その後大陸各地に土着化した〈東の覇王プレスター・ジョン〉の末裔の一派である。

 〈東の覇王プレスター・ジョン〉の末裔に関して、基本的に絶滅政策を執る〈教会〉に対し、〈帝国〉は以前より積極的に彼らを従属させ、戦いに活用していた。蛮族たちの新たな王として君臨するグスタフ三世は、〈帝国〉でこそ様々な異名──燃える心臓の男、北限の征服者、真なる黒竜──で称えられてはいるが、しかしミカエルからすれば、〈黒い安息日ブラック・サバス〉の冒涜的殺戮といい、〈東の覇王プレスター・ジョン〉の末裔の徴用といい、ただの恥知らずとしか思えなかった。教皇に破門された身であるにも関わらず神の如く君臨しようと野心を剥き出しにするその様は、文字通りの冒涜者だった。


 言い知れぬ怒りが、再びミカエルの体を突き動かす。


 敵の包囲が狭まる前に、身動きが取れる位置まで騎士団を後退させる。敵の攻勢をしのぎつつ、遠眼鏡で白煙の中を覗く。

 軽装の革鎧と毛皮の服を着、騎射に適した短弓を携え、そして王侯貴族からの略奪品で自らを装飾した極彩色の獣たちが、けたたましい咆哮を轟かせ地を飛翔する。鐙にくくりつけられた首級から流れる血が、疾駆と共に雪原を赤く染める。現れた極彩色の馬賊ハッカペルは、千騎にも満たぬ小勢だったが、その殺意剥き出しの暴力的な歓呼は、離れた位置にいる月盾の軍旗さえも震わすほどの圧力だった。


 獣たちが放つ無数の火矢が、夕刻の空を裂き、第六聖女の天使の錦旗に襲いかかる。

 第六聖女親衛隊も応戦するが、その銃弾も、長槍パイクの穂先も、ほとんど敵影を捉えられていない。歩騎混合の五千人で編成される親衛隊は、後退しつつ何とか応戦しているが、しかし蛮族の無秩序な襲撃さえ打ち払えないでいる。


 激しく矢弾が飛び交う血塗れの狂騒の中、舞い上がる火の粉が天使の錦旗を焦がす。


 それを見てミカエルの心は定まった──守らねばと。


「我らが天使の錦旗を見よ! 第六聖女様に群がる蛮族どもを追い払い、我ら〈教会〉の旗印を守るのだ!」


 圧倒的な殺意に気圧されまいと、ミカエルは古めかしい直剣の剣先を敵影に向け、迷いを振り払うべく馬腹を蹴った。


 月盾騎士団ムーンシールズが再び走り出す。

 騎士団旗を持つ従士のヴィルヘルムが並走し、月盾の騎士たちもそれに続く。追い縋る敵騎兵を退け、行く手を阻む敵歩兵を躱しながら、天使の錦旗を目指す。

 すると月盾騎士団ムーンシールズの接近に気づいたのか、極彩色の馬賊ハッカペルの一部が反転し、向かってくる。

 極彩色の獣と月盾の騎士が対峙する。

 リンドバーグ率いる重騎槍兵ヘビーランサーが速度を上げ、ミカエルの横から最前列に躍り出る。

 リンドバーグの大剣が唸る。重騎兵の騎槍突撃ランスチャージと、極彩色の馬賊ハッカペルがぶつかる。

 敵の騎射により何騎かが落馬するも、リンドバーグはそれをものともせず、その大剣で獣の群れを一閃する。敵兵が馬ごと宙を舞い、もの凄い勢いで地面を転がる。それでもまとまっている敵集団には、アンダース率いる銃騎兵が、火縄式マッチロックマスケット騎銃カービン歯輪式拳銃ホイールロックピストルによる一斉射撃を加える。


 即座に形勢の不利を察したのか、極彩色の馬賊ハッカペル月盾騎士団ムーンシールズの攻撃を何事もなかったかのように受け流すと、騎射で距離を取りつつ足早に撤退し始めた。

「数はこちらが圧倒的に優位だ! 包囲して殲滅しろ!」

「お待ち下さい! 追撃は他の者に任せ、ミカエル様は後方に下がるのです!」

「すぐ目の前に敵の背中が見えているのだ! みな、〈教会七聖女〉に仇なす蛮族どもを皆殺しにせよ!」

 ディーツは制止したが、ミカエルは先頭切って追撃を指揮した。騎士団長たる者、みなの模範となるよう雄々しくあらねばという思いが背中を押した。先ほどの突撃の失敗を帳消しにしたいという思いもあった。それに噂に反して、極彩色の馬賊ハッカペルの馬脚は遅かった。〈東の王プレスター・ジョン〉の末裔はみな優れた騎馬戦士と言われているが、少なくとも目の前の一団は違って見えた。

 断続的に放たれる矢を払い退けながらミカエルは敵を追撃した。

「逃がすな! 追いつけるぞ!」

 ミカエルの激に、騎士たちも馬に拍車をかける。

 すぐに歯輪式拳銃ホイールロックピストルの弾が届く距離に敵の背を捉える。騎士たちが剣を拳銃に持ち替え、射撃体勢に移る。

 ミカエルも古めかしい直剣を鞘に納め、拳銃を構える。そして極彩色の獣の一人の背中に狙いを定め、引き金に指をかけた。


 そのときだった。唐突に、極彩色の馬賊ハッカペルの群れが四方に散った。


 思わぬ行動に釣られる形で、拳銃が撃ち鳴らされる。銃弾は空を切り、硝煙が極彩色の馬賊ハッカペルの群れを覆い隠す。


 ほんの一瞬、銃声が戦場の喧騒をかき消す──その直後、間髪入れず、狂った笑い声が静寂を切り裂く。


 強き北風ノーサーが吹く──そして硝煙の中から、炎を背にした極彩色の一騎が、猛然と月盾騎士団ムーンシールズの正面に突っ込んできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る