あなた味の水に海色の髪

『海辺』には一軒だけ家がある。

 天井は高いが二階はない。本当に人が一人、住むのにちょうどいい広さの家。

 ススだらけの煙突はずっと使っていない。昔、赤白の服を着た髭面のおじいちゃんが不法侵入してきたから。あれは今思い出しても背筋が冷え込む。

 めりぃくりすます、とか訳の分からないことを言っていた。

「おいしい……ただの水にしか見えないのに味がある」

 女の子は両手で持ったコップを不思議そうにコップを見つめていた。

「どんな味だった?」

「ええっと……何だろうな。一瞬、懐かしくて、わけわかんなくなって、でも最後はすごい満足感のある味で……」

 わたしは女の子の必死の説明をただただ微笑んで聴いていた。

 そこの海の水を汲んできただけっていうのは言わないでおこうかな。

 それにしても……女の子って長いなぁ……。

「そういえば名前聞いてなかった!」

 あーぁぁ悪い癖が出ちゃった……。名前を重要視しないのどうにかしなくっちゃ……。

「私こそ名乗るのが遅れてすみません。立花ユウカって言います」

「ほぇーユウカちゃんかぁ。良い名前だね」

 うん、たしかに言われてみればユウカちゃんっぽいや。

「あの……私もお名前、聞いてもいいですか?」

「わたし? わたしの名前? うーん……」

 名前かぁ……最近名乗ってなかったから、考えてなかった……。

「うーんと……」

 わたしは壁のボードに貼り付けられたいくつもの紙を眺めた。

 今度は少しオシャレな名前にしようかな。

「ドルフィ……うん。わたしの名前はドルフィ!」

 わたしはユウカちゃんの方へ向き直ると、改めて名乗った。

「ドルフィ……素敵な名前」

「そう? やっぱり? わたしもね、そう思ったんだ。名付けの才能もあるってわたしすごい! 名付け屋さんになろうかな」

 お客さんなんかにダジャレなんかも披露しちゃったりして……むふふ。もう自分が怖いよわたし。

「ん? どうしたの?」

 一人でゲンジツに浸かっていると、ユウカちゃんがわたしの方をうっとりしながら見ている事に気づいた。

「あ、いや。すみません、ドルフィさんの髪が綺麗だったのでつい……」

「わたしの髪?」

「はい……わたしの住んでいるところではそういう髪の人はいなかったもので……」

 そう言われて、改めて自分の髪を触ってみた。言われてみれば……めずらしい……のかな? そういえば、自分以外でこの髪色の人、見たことなかったなぁ。

「わたしも元々はユウカちゃんみたいに綺麗な黒髪だったんだけどね」

 窓の外でキラキラと輝く、もう一つの大地を見つめながら、わたしはいつかを思い出した。

「海色に染まっちゃった」

 部屋に心地のいい風が吹き込んでくる。

「よーし、仕事するぞー!」

 帽子を被って、カバンの紐を肩に掛けて、わたしはドアノブに手をかけた。

「ユウカちゃんも行こうよ」

「え?」

 このドアの向こうが楽しみで仕方がないなぁ。きっと、わたしたちの知らないなにかがある。可能性がある。

 ――希望がある。

「『街』へ!」





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