海辺
大石 陽太
染み込んだ水の行方と迷い込んだ少女
ざーっ。
波の音が聞こえる。
すーっ。
風が吹き抜けた。
ちゃりんちゃりん。
自転車がわたしの後ろを通っていった。
わたしの心は満たされていく。
満たされて満たされて、いっぱいになっちゃって……。それで。
「あちゃー……今日もダメだった。
ダジャレの才能はあるんだけどなぁ。何か活かせそうだよ、この才能。
「ンッンーンンー」
体を伸ばす伸ばす。これが最っ高に気持ちいいんだ。気持ちよすぎてその日一日の活力がどっかにすっ飛んでっちゃう。ああ、だめだ。もう家に帰って休みたい。
「あれゃ。わたしの目が節穴になっちゃった⁇ カンワイイ生娘がこんな田舎町の綺麗に整備された道を歩いているぞ」
女の子はキョロキョロしながらこちらへ近づいてくる。
ヒマワリのワンピースに麦わら帽子、手には…………ンン?
「あれはスマートフオンではないか。これはまた珍しいものを持っておるのぉ……」
「うわっ! びっくりした! おじいちゃんいつからいたの!」
なんて文字だけ見たら本当におじいがいるみたいでしょ。私一人です。一人芝居です。
「むっ……もしかしたら役者さんもいけたり……」
ふふ、才能と可能性は良いなぁ。いつだって希望に溢れてる。
「あのー……すみません」
「うぉっ! なんだお前! いつからそこに!」
「…………」
困り顔をされた。女の子にこれでもかってくらい困り顔をされちゃった。
やめよう……普段はいじられ役だけど、いざという時には頼りになる男の演技はやめよう……。
「すみません……ここは……なんて名前ですか……?」
「名前?」
「えっ、あっはい、そうです。ここのっていうかこの場所の地名です」
わたしが黙っていると、女の子はおろおろし始めて、しまいにはわたしの前からお礼を言って立ち去ろうとした。
「地名かぁ……考えたこともなかったなぁ」
わたしがわざと少し大きめの声で言うと、女の子はゆっくりとわたしの方へ振り返った。
「ここの地名は……そうだなぁ。『海辺』かな。それは無しって言うんだったら『のんびり海辺』か『まったり浜』だけど」
女の子は不思議そうに首を傾げた。
「ここには地名がないんですか?」
そんなものはないよ。この世界のどこにもね。
そうかっこつけて謎を提示したいけど、この女の子は緊張してる。
ここはわたしが人生の先輩として、緊張と不安を取り除いてあげよう。
わたしはすぐそばの海へ走ると、両手で掬った水を宙に舞わせた。
「ないよっ!!!!!!!!」
水はわたしに何かを感じさせる暇も与えずに、砂に染み込んで、あるいは波と一体化して、消えていった。
「綺麗……」
でも、女の子はそうじゃなかったみたい。
でなきゃ、あんなに人の目は輝かないよ。
それはまるで宝石のようで、いや、やっぱりもっと大切でステキな心のかけらみたいな……その……うーん。
わたしと女の子はすこし気温の上がった浜辺に、意味もなく(言いたかっただけ)立ち尽くしていた。
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