『阪急電車』

 電車といえば、「阪急電車」著:有川浩である。


 彼は酒もたばこもやらない。仕事を目いっぱいこなし、終電近い電車に乗った。この混み方は終電車ではない。会社の飲み会に付き合って、終電には絶対乗らなければならない人たちでもっと混むのが終電だからだ。

 前の席に座った女性がじっと彼を見ている。立ち上がると彼に声をかけてくる。少し年を取ったが彼女に間違いなかった。彼が若い頃、付き合った女性だ。妊娠、同棲したが、結婚まで至らなかった。二人の子どもはもう高校生だという。彼女の夫も他の子たちよりもこの子を可愛がっていると聞かせてくれた。

 彼は目を閉じて物思いにふけっていた。そして男から声をかけられた。男は彼の元同僚。彼の指示で行った工場が火事になり、大けがをおって退社した。しかし保険金で自分の会社を作った。三人で始めた会社が一年後には社員が十人以上になったという。男の元気な姿を見てつくづくよかったと思った。

 目を閉じていると、中学生くらいの女子から声をかけられた。彼が遭遇した、誘拐事件の被害者だった。車のナンバーを隠した車中に女児が縛られ入れられていた。彼は女児を助け出し交番に向かった。あのときの女児が、明るい顔で感謝を述べた。

 あと一駅で下車するというのに彼は目を閉じて物思いにふけっていた。車掌は回送電車内に浮浪者が死んでいると年配の車掌に連絡する。年配の車掌は浮浪者の顔を見て驚きを隠せない。「俺はこんなに幸せそうな顔をして死ぬことができるだろうか」といった話を含む全九編からなる赤川次郎の短編集『回送電車』について、あーでもないこーでもないと人間模様が描かれた世にも奇妙な物語……ではもちろんない。


 阪急電車とは、言わずもがな日本の大手私鉄の一つであり、阪急阪神東宝グループに属する阪急阪神ホールディングスの子会社で、大阪梅田から神戸線、宝塚線、京都線を走る鉄道を経営する阪急電鉄株式会社のことであり、略称は阪急である。

 本作の阪急今津線とは、宝塚線の宝塚駅から神戸線の西宮北口駅を経由して今津駅まで結ぶ路線だ。

 駅名がサブタイトルとなっており、宝塚駅から西宮北口駅までの八駅を舞台に一駅一話の構成で描き、往路と復路の全十六話の短編を繋ぎ合わせて一つの小説となっている。


 本作は、関西に住む作者が利用する片道十五分で走るローカル線の阪急今津線を舞台に、OLや大学生、高校生、主婦、老婦人などたまたま乗り合わせた人たちが色々な事情を抱え、時には交わり、時にはすれ違いながら暮らしているところを襷リレーのように短編で繋いで書かれている。

 

 関西を舞台にしたお話を考えていたとき、本作品に出会った。手にした理由はやはり「阪急電車」というタイトル。だからといって、鉄道オタクではない。

 かつて、毎日のように阪急電車に乗って、西へ東へと移動していた。あのときの日々がふとよぎり、懐かしさから読んでみようと思ったのである。

 映画化される前の、発売してまだ間もなかった頃のことだったと記憶している。

 リレー小説のように、たまたま出会った人同士から物語が生まれていく。

 ラノベ調の文体で軽く読みやすく、後味がさっぱりしている。

 ボケとツッコミはもちろん、知らない人にアレコレ言う登場人物なんて、関西らしさがよく書けている。いまはどうか知らないけれど、知らない人にでも声をかけるのは普通だった。

 

 あの日あの時あの場所の懐かしいときめきが心に蘇ってくるような、そんな作品の一つである。

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