『氷の海のガレオン/オルタ』

 親となった人、あるいは生きづらさを感じる子供が読むべき作品といって思い出すのは、「氷の海のガレオン/オルタ」著:木地雅映子である。


 滅亡してしまった緑の星から、対ゾンダー生体兵器であるラティオ(マモル)を守るべく地球に飛来した宇宙ライオン。人類にGストーンや緑の星の科学技術を伝え、サイボーグ・ガイがフュージョンすることで小型ロボット・ガイガーに変形、三機のガオーマシンとファイナルフュージョンすることで最強の重機動メカノイド、勇者王ガオガイガーとなって敵ゾンダーと戦う(天海夫妻からは、冬の北海道で遭遇したことから「北極ライオン」と呼ばれている)ギャレオンについて、あーでもないこーでもないと叫びながら人類存亡をかけて戦う熱き勇者たちの物語……ではない。


【氷の海のガレオン】

 自らを天才だと信じて疑わないひとりのむすめがありました。斉木杉子。十一歳。わたしのことです。くだらないわたしのあだ名は、おすぎばあさん。結婚前からパパとママが決めていた、この響きのいい、古風な名前のセンスが理解できるような子供はひとりもいない。

 詩人のママと、職業「ムーミンパパ」と言って憚らないパパ。兄の周防と弟のスズキ。畑と図書館と大きなナツメの木「ハロウ」が家にある。

 両親が集めた家の図書室の本を沢山読むことで言葉を学んできた少女は、それが学校ではまったく通じないことに気づく。以来、自分は天才だからと思いこむことで、自分を守ってきた。クラスメイトの低脳さに心の中で毒づき、学校で居場所が見付けられなくなる。兄や弟も同様で、やがて彼らは自分たちが変わりものではないかと不安にかられていく。

 自分は高尚だからと難しい本を読み、画集を開いて同級生たちと距離を取る。みんなとは違うと戸惑いながら心は孤独を感じ、自宅庭にあるナツメの木に名前をつけて、話かけている。最終的には、違う自分を受け入れる決断をする。

 説明し過ぎない透明感のある文体。

 私小説のような純文学は、児童書には稀有な存在だ。

 周囲になじめず、何を話せばいいかもわからない。同じ日本語を使っているはずなのに、言葉が通じない気がする。疎外感を感じる主人公を通して、「ふつう」「変なやつ」とは何かを問いかけてくる。

 いわば、場の空気や同調圧力に対しての生きづらさを描いているのだ。

 大多数の人は三種類にわけられる。何とか周りに合わせるか、変われず悲しみを抱きながら平気な振りして生きていくか、もしくは挫けてしまうのか。

 読者がどんなふうに今日まできたのかで、感じ方が変わる作品だろう。

 

【オルガ】

 想像してください。あなたは小学校一年生。六歳の女の子です。今は授業中で、先生のおはなしにうんと注意を払って聞いていなければなりません。だけれども、あまり先生のおはなしばかりに注意を払っているわけにはいかないのです。隣の席の男の子がえんぴつや消しゴムをしょっちゅう取っていきます。スカートもめくってきます。えんぴつやハサミで顔を突き刺すまねもしてきます。もちろん本当に突き刺してくる訳はないのですが、怖くてたまらないのです。何でこんなことをしてくるのか。理由はさっぱりわかりません。大きな声で叫びたいのですが、授業中は静かにって言われています。逃げ場はどこにもありません。とにかく、そんな座席に座っていなければならないのです。来る日も、来る日も……。

 学校に馴染めないアスペルガー症候群という自閉症の女の子を、母親目線で描いている。

 文体は軽く、内容は重い。

 バランスが取られていて読みやすいから、内容が入ってくる。

 大切なのは、自分たちを理解してくれる人がいるかどうか。親や先生や友達だろうと誰でもいい、たった一人でいいから自分を理解してくれる人がいるだけで救われるのだ。

 

 どちらにも共通して言えるのは、大きな事件が起きるわけでもなければ、主人公が成長するわけでもないこと。

 人生で起きるほんの小さな葛藤の場面を、丁寧に短く書かれてある。

 内容や比喩表現などから、小学生よりも中高生向けに思えるけれども、あえて小学生に読んでもらいたい作品だ。これくらいなら読めるだろう。

 本作品を読むキッカケは、当時書こうとしていた話にあった書き方がわからず、書籍を読み漁りながら文体を探していた際、『わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる』のサイトに偶然見つけ、読みたいと思ったから……と記憶している。

 補足すると、わたしが最初に読んだのは。二〇〇六年ポプラ社から刊行された「ポプラ文庫ピュアフル 氷の海のガレオン/オルタ」ではなく、一九九四年講談社から発行された「氷の海のガレオン」。

 講談社から発行された本には、表題作のほかに「天上の大陸」「薬草使い」が掲載されている。ポプラ社版とは違うと知って、わざわざ講談社版の「氷の海のガレオン」を置いている図書館を探して駆け回ったのを覚えている。

 今回は、手に入りやすかった「氷の海のガレオン/オルタ」を取り上げた。

 初読みのときには成人していたので、十代の頃に読んでいたらどうだっただろうと考えてみる。

 わたしも大概ズレているので主人公、おそらく作者には共感はできるし、最終的に決断するところも覚えがあるので納得できる。ただ根本が違うので、そんなことで悩んじゃうんだと可愛くみながらも、本人に取っては一大事なのだから無下にも小馬鹿にも出来ず、「わたしとは違うから、あなたはきっと大丈夫」と幸多くあらんことをと祈っただろう。

 

 内容と文体のバランスの大切さを学びつつ、生きづらさを感情的にならずに表現されていて、ぜひ一読を勧めたい作品である。

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