『剣客商売』
池波正太郎といえば、「藤枝梅安」「鬼平犯科帳」と並ぶ代表作に「剣客商売」がある。
無外流の老剣客、秋山小兵衛(初登場時年齢、五十九歳)が四十も離れたおはる(十九歳)に手を出して後妻とし、前妻との息子である大治郎(二十五歳)と、女剣客の佐々木三冬(十九歳)らが、江戸を舞台に様々な事件に遭遇して活躍する時代小説である。
平たくいえば、小金持ちで交友関係も広い剣豪のおじいちゃんが若い子といちゃこらしながら暮らしつつ、いろんな女性に惚れられ、悪いやつをカッコよく懲らしめ活躍するお話だ。
異世界転生ものに限らず、「若い異性にもてたい願望」を叶えた作品は世に溢れている。つまり、それだけ需要があるということだ。裏を返せば、現実はそうではないということ。
四十歳前後以上の男性に対して、若い女性は恋愛対象とは見ない。好き好んで恋愛したいとは思わないのだ。にもかかわらず、手を出してくるのはこの年代から。下手すれば通報されかねない。
援交やパパ活などにみられるように、若い子が年配異性と付き合うのは、金銭目的であるのは否めない。イケメンで人格もすばらしければ、なおのこと良い。
厚生労働省は若年者雇用対策に力を入れているが、想定されている若者は三十四歳まで。三十五歳以上はすでに、若者ではないのだ。
かつて宮崎駿が企画した「煙突描きのリン」がある。
震災後の東京を舞台に、風呂屋の煙突に絵を描く二十才の女の子が、ある陰謀に巻き込まれて、すったもんだの大騒動が起きる。その相手側のボスが六十歳のじいさん。そして、こともあろうに敵対する二人は年の差を超えて恋に落ちるというラブストーリーだ。
二十才と六十才の年の差恋愛。
この、ロリ○ンめ……。
とにかく、「剣客商売」も読者と作者の利害が一致した作品である。
剣客商売の文体にみられる特徴の一つに、語りがある。
作中人物を基本三人称で呼称し、超越的な立場から作中人物の行動や知覚、思考を描きつつ、起きた出来事を第三者に語って聞かせるような文章となっている。
ときに語りによって、省略されたり回想的に語られたり。つまり語り手の伝聞として、読者は物語内容を知ることになる。
小説よりも先に、藤田まこと主演の時代劇「剣客商売」で作品を知った。
なので、冒頭のナレーションからはじまる時代劇をそのまま活字にしたように思えて、物語に入り込みやすかった。全十六巻と番外編二編。
主人公の小兵衛が、九十三歳まで生きるのだけでも驚いたが、おはるをはじめ、四谷の弥七などが、小兵衛より先に死ぬことに二度驚く。
わたしたちは誰もが、生きている時代とともに前に進むものだと信じているが、この先もそうであるかはわからないからこそ、不安を抱く。
武士の時代はおしまいだと語っていた小兵衛は、自分と同じ道を選んだ息子、大治郎に「はたしてこれからの世の中、剣が役に立つのか」「孫の小太郎が、お前の年ごろになるころには、世の中がひっくり返るようなことになるぞ」と語っている。
死後、どうなるかわからぬ世に我が子を残していかねばならない親だからこそ、できる限りのことをしようとする。それは、作品作りにも同じことがいえる。
そんなことを気づかせてくれる作品の一つだ。
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