『鬼平犯科帳』

 時代小説といえばご存知、「鬼平犯科帳」著:池波正太郎である。


 延享二年(一七四五年)、四〇〇石の旗本長谷川宣雄の長男として生まれる。幼名は銕三郎。青年時代は放蕩無頼の風来坊だったようで、「本所の銕」などと呼ばれて恐れられていた。

 明和五年(一七六八年)二十三歳、江戸幕府十代将軍徳川家治に御目見し、長谷川家の家督相続人となる。父、宣雄は火付盗賊改役を経て安永元年(一七七二年)一〇月に京都西町奉行の役に就くのに合わせて、妻子と共に京都に赴く。

 安永二年(一七七三年)六月に父、宣雄が京都で死去。宣以は父の部下の与力同心たちに「まあ皆さんがんばってください。私は江戸で英傑といわれるようになってみせる」と豪語して江戸に戻り、同年九月、三〇歳で長谷川家の家督を継ぎ、小普請組支配長田備中守の配下となった。

 父のためた金を使って遊廓へ通いつめていたが、安永三年(一七七四年)、三十一歳で江戸城西の丸御書院番士(将軍世子の警護役)に任ぜられる。

 翌年には西の丸仮御進物番として田沼意次へ届けられた賄賂係となる。

 天明四年(一七八四年)、三十九歳で西の丸御書院番御徒頭となる。

 天明六年(一七八六年)、四十一歳で番方最高位である御先手組弓頭に任ぜられ、順調に出世していった。

 火付盗賊改役に任ぜられたのは天明七年(一七八七年)九月九日。

 長谷川平蔵宣以、四十二歳の時である。

 寛政元年(一七八九年)四月、関八州を荒らしまわっていた大盗、神道(真刀・神稲)徳次郎一味を一網打尽にし、その勇名を天下に響き渡らせる。

 また同年五月、江戸市中で強盗および婦女暴行をくり返していた凶悪盗賊団の首領・葵小僧を逮捕、斬首した。逮捕後わずか十日という異例の速さでの処刑だった。

 寛政七年(一七九五年)、八年間勤め上げた火付盗賊改役の御役御免を申し出、認められた三カ月後に死去した。

 死の直前、十一代将軍徳川家斉からねんごろな労いの言葉を受け、高貴薬「瓊玉膏けいぎょくこう」を下賜されている。

 瓊玉膏とは、一一七〇年、中国は宋の時代に誕生した薬。

 古典として名高い漢方医学書『洪氏集験方こうししゅうけんほう』に初めて発表され、時の皇帝の子孫が脈々と栄えることを願い、典医たちが叡知を結集させて作り上げたもの。甘みと少しの苦みを持ち、六種の生薬からつくられた滋養強壮剤である。病後で体力が衰えているときや胃腸の働きが弱くなっているときに服用すれば、新陳代謝を盛んにして血行を促進、緩やかに働きかけて体力の回復を促す漢方薬だ。現在でも市販されており、購入可能である。

 東京都新宿区須賀町の戒行寺に、長谷川平蔵の供養碑がある。戒名は「海雲院殿光遠日耀居士かいうんいんでんこうえんにちようこじ

 非常に有能だが、幕閣(特に松平定信)や同僚(同じ火附盗賊改役の松平定寅・森山孝盛ら)からはあまり信頼されていなかったため、出世はままならなかった。

「もう酒ばかりを呑んで死ぬであろう」

 と、同僚たちに愚痴をこぼした記録も残っている。

 しかし、的確で人情味溢れる仕事振りに庶民からは「本所の平蔵さま」「今大岡」と呼ばれ、非常に人気があったという。

 長谷川宣以の住居跡には、数十年後に江戸町奉行となる遠山景元が居を構えた。


 一九六八年には文藝春秋から最初の単行本が刊行、全二十四巻。全一三五作、番外編一作。このうち五作が長編。残り一三〇作が短編作品。未完に終ったのは最後の『誘拐』一作のみ。(作者急逝のため)

 テレビ版製作にあたっては、原作のみをドラマ化。小説を使い尽くしたらそこで打切るようにというのが作者の意向だった。


 小説で知るよりもテレビの「鬼平犯科帳」で作品を知った。最初に見たのは、二代目中村吉右衛門版。のちに再放送で、萬屋錦之介版、丹波哲郎版、八代目 松本幸四郎版。アニメ「鬼平」も視聴した。

 

 小説より先に映像を見たとはいえ、面白さが伝わってくる池波正太郎の文体。改行が多くてリズム的で読みやすいのが特徴だ。

 時代小説はとくに説明的になりやすい。なのに、池波正太郎は短い文章で読者をつかんでしまう。城下や長屋の人々の会話や動作の表現など、浮かび上がってくる。グルメ描写もリアル。スカスカなのに行間に書き込まれているように感じ、短いながらも十分に読み応えがある作品になっている。

 あとがきにもあったとおもうけれど、そばを食べながら日本酒を飲むのを真似したくなる。もちろん文体も真似したくなる、そんな作品だ。


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