『修證義』【書き足し】

 経本で覚えがあるのは、「修證義」著:道元である。


 曹洞宗の開祖・道元の著作である『正法眼蔵』から、特に在家信徒への布教を念頭におき、重要な点を抜粋し、全五章三十一節にまとめたものである。

 曹洞宗とは、いまから八百年ほど前の鎌倉時代、道元禅師が正伝の仏法を中国から日本に伝え、瑩山禅師が全国に広めて、曹洞宗の礎を築かれたという。

 このお二方を両祖と申し上げ、ご本尊である、お釈迦さまとともに、一仏両祖として仰いでいるそうだ。

 ちなみにうちは、浄土真宗である。


「修證義」はお経というより、道元の言葉である。

 読める言葉で書いてはあるものの、鎌倉時代の言葉を明治時代に編纂したものなので、はっきりいってむずかしい。

 これを最初に読んだのは十歳のときだった。

 なぜ、修證義を読むことになったのか。

 家族旅行の際、福井県永平寺町にある曹洞宗の大本山「永平寺」に立ち寄って拝観したことがあった。

 ガイドのお坊さんが先頭に立って、拝観に訪れた大勢の人を案内しながら説明をしていく。わたしは家族から離れて、そのガイドのお坊さんにくっついて見て回っていた。

 黒い袈裟に身を包み、頭をまるめた黒縁眼鏡のお坊さんのマイク片手に語る姿が珍しく、興味を惹かれた。

 案内が終わってもくっついて歩くわたしに手渡したのが、「修證義」だった。

 そこに書かれてある般若心経の読み方を説明もしてくれた。

 寄付や奉納などをすると頂けるものらしい。(そんなことしてなかったけれども)

 持ち帰ってから、何かにつけて開いては、書かれてあることをくり返し読んだ。

 ちなみにうちは、浄土真宗である。


 わかりやすく訳して、留めておきたいことを抜粋してみる。


『幸せとは何か』を知ることこそ、人生で究め尽くさねばならない。

 自分が存在していることは、奇跡そのもの。

 かけがえのない今の人生こそ最高の生涯。

 その人生を無駄にして、露のようにはかない命を無駄に生きてはならない。

 過ぎていく時は止まらない。

 二度と戻らない時をくり返し、やがて歳をとり、老いて、死にゆく。

 死に直面すれば、権力者も、友人や後輩も、家族も、金銀財宝も助けにはならず、たった独りであの世に旅立たなければならない。

 自分についてまわるものは、善き行いと、悪しき行いだけ。

 数多の縁があって、今がある。

 悪い行いをして自ら苦しむより、善き行いをして幸せになる道を選びなさい。

 因果応報には三つある。

 この世での行いの結果は、この世ですぐ受けることもあれば、あの世で受けることもあり、さらにその次の世で受けることもある。

 心に刻め。

 あなたの命は、この宇宙にたった一つしかない尊いものであることを。

 あなたの人生はかけがえのないものであり、やり直しがきかず、必ず終わりが来ることを。

 間違っても、誤った考えに執着し、何が大切か考えることもせず、幸せを知らず、虚しい人生を歩いてしまう生き方はやめなさい。

 それは生き方として、とても悲しいものなのだ。


 このくらい噛み砕いて書いてあったなら、子供でもたやすく読めただろうに。

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