2.姉妹愛 side紫
「姫様、良い加減にお返事を返されませ。あまり続きますと殿下が逆に怒って
しまわれますわ。さ、わたくしも手伝いますから」
「むぅ、わかったわ…。かきますので、ふづくえをここに」
ぷっくりと頬を膨らませ、でも愛想をつかされるのはお嫌なのか渋々と言った体を
装う可愛らしくお美しい自慢の主。いとやんごとなき御血筋にお生まれになり、
幼い頃から賢く、誰に対しても公平であらせられる。
つい先日お熱を召された時は動揺したが、怪我の功名と言うか、
皇族の血を覚醒され、わたくし達の知らぬ未知なる世界の記憶を手に入れられて
一層賢くなられた。そのお言葉の理解できぬ自分が恨めしい。
皇族の血が覚醒すると、千里眼と、魂の色が見られるそう。外見的特徴として、
魔力を使った際、問答無用で『おーら』となる物が出るそう。
姫様曰く魔力のヴェールのようなもので、ユラユラと立ち込めるらしい。
「ゆかり…わかとはどうよめばよろしいの?
わたくし分からないわ。やっぱり、そのときのしんじょう?」
「そう、ですわね…。お嬢様のお心のままにお書きになられれば宜しいかと」
「ん~『今は無き 秋の門出に 振る袖や 訪ねに来んと 濡れる我が袖』は
どうかしら?」
(意訳:今の貴方に振って差し上げる袖はありません。例え秋の門出であろうとも。
ですが訪ねてくれなければ私の袖はぬれ続けるでしょう)
頬がピクリと引き攣る。姫様、そこまでお怒りだったのですね…。
そして最後は泣き脅しですか?ですがこれくらいでないと鈍感な殿下はお分かりに
ならないかも知れない。心情を書けと言ったのは私だし…。
「月乃ちゃん?何をしているの?」
あぁ、丁度いい所に助け船が…!
「さくらおねえさま!?」
「一の姫様!今、三の姫様は殿下に御文をしたためていらっしゃるのですが…」
こそこそと事情をご説明します。この方ならお分かりになり、
良き相談相手となる、筈…?なんだか雲行きが怪しい。話が進むにつれ、咲楽姫様の麗しい眉間にしわが…。
「なんという事なの!?《あんの馬鹿従弟!!わたくしのエンジェル、
月乃ちゃんになんて事をしてくれたの!!》あぁ、かわいい月乃ちゃん…。
いいわ!そのお手紙を送ってしまいなさい、ヒヤシンスと一緒にね!
ここまですればあの《馬鹿》東宮も理解できるでしょう」
ふんすと柔らかな着物の腰に手を当てて仰る咲楽姫様に従う。
この状態になった姫様に逆らうのは危険だ。そして何気に記憶の中のお言葉で何かをちょくちょく仰っていた様な…?
「《おねえさま、フランスごで、ときどきれいがさまを貶されるのは
やめて差し上げて下さい!お可哀想です》」
「大丈夫よ!分からなければ不敬罪なんて適応されないわ」
「そういうもんだいでは…」
?わたくしには分かりませんね。
まぁ、ご要望道理にいたしましたし、大丈夫でしょう。
「三の姫様、そろそろお召替えのお時間で御座いますよ?いつまでも袿姿では
お辛いでしょう。さ、一の姫様、宮へお帰りあそばされませ?」
「むぅ、もうしばらくここに居させて頂戴?今逃げて…「あらあら、
こちらでしたのね、オ・ネ・エ・サ・マ?
~~!!…わたくしの大事な香を無くした挙句、このように愛らしい袿姿の
月乃を独り占めするとは、一体、どういう了見なのかしら?」
…頭が痛くなってまいりました。
この北の方様譲りの謎の威圧を感じるお声は二の姫夕香様。こちらも三の姫様大好きであらせられる。因みにこの家の家族構成は、
当主 高円宮 時次様 北の方 耀香様
次期当主 染時様 長女 咲楽様 次女 夕香様 三女 月乃様
四女 菜乃葉様
である。全員が銀や金の瞳を持つ高貴なる家系。の、やんごとなき御方達なのだが、何というか、個性が強いのだ。
時次様は中世的な美青年の容姿をしている。
性格には三十路に入りかけているのだが、皇族の血が覚醒している為不老で
あらせられる。女として羨ましい。…私の事情はともかく、このお方は一騎当千を
体現していらっしゃる。武において他の追随を許さない。
だが厳つくないという矛盾、はさておき、幼い頃から武で帝を支えていらっしゃる。
知の皇帝、武の皇弟と呼ばれる程に。
続いて耀香様。こちらも巫女の血を覚醒させておられる。
抜群の
憧れの的だ。このお方も顔に似合わず過激であらせられる。
何十ものおりじなる魔法を作り出し、顔色一つ変えず行使される。この血が濃いのが二の姫様と三の姫様、四の姫様だそう。
次に染時様。物憂げな美青年でらして、父君と並ぶとそっくりだ。
個人的に思考は北の方様に似ていらっしゃると思う。
にやりと笑い舌なめずりをするお姿はまさに肉食動物。好戦的で容姿に似合わない
発言をなさる。
咲楽様は何事にも楽しさを見出される方だ。
いつも笑顔を湛える、花のような、太陽のような、明るく掴みどころのなく、
それでいてどこか物悲しい方。
この方は巫女の力がある。豊穣、祈るだけで木々は実り、海は凪ぐ。
凄いお方だけれど忘れっぽいのが玉に瑕。
続く夕香様はお方様そっくり。魔法についてはもちろん、属性まで。
普段は優雅でお優しい方だけど、一度怒らせると笑顔で理詰めてお説教される。
誰であろうと平等に。例え溺愛されている妹君達であろうと。
我が主、月乃様は素晴らしい方だ。幼いながらに慈愛に満ちておられ、
ふわりと微笑むさまはまるで花の精霊。弧を描く月の瞳は常に凪ぎ、穏やか。
ただ、どことなく柔らかく、光の壁の様につかみどころのないお方。
つまりは浮世離れしていらっしゃる。そんなところも素敵です姫様!!
ご家族のだれよりも巫女、皇族としての力が強く、彼の方が祈れば立ち待ち大地は
マナに満ち、作物の成長を助け、海は寿ぐ。悪しき魔は幣され、あらゆる物を癒す。
精霊に、神に愛されし御子。
最後、菜乃葉様はさばさばした方。行動一つ一つに意思があり、我が主と年子ながら使用人やご両親の御手を煩わせることをなさらないお方だ。
姉君達を慕っており、害になる者にはまるで子猫の様に威嚇なさる。
我が姫様とはまた違った意味で愛いお方だ。
ただ一つ、素晴らしい彼等に問題があるとすれば、家族愛が強すぎる事だろうか?
これから集まって来るであろう方達を思い浮かべ、私は溜息を吐いた。
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