宵闇の姫

Zion

1.幼き姫と将来の旦那様

大きな建物も、書き連ねられた文字も、全て、見覚えのない物の筈なのに、

どうしようもなく愛おしく、懐かしい――――。


今上帝が弟、高円宮公爵が三の姫、月乃。

濃く美しい夜空のような藍の髪にけぶるような長い睫毛。

春の月のようでいて、柔らかな陽光のような金を纏った濡れる銀の瞳。

その瞳は幼いながらに意志に溢れており、

ぷっくりと艶やかで愛らしい小さな口元は赤く、生き人形のようであった。

闇と光、二つをその身に宿した姿はさながら宵闇の精のようだと、

己の仕える弱冠3歳の幼女について興奮気味に侍女達は語る。



ただ、私にはどうしようもなく恐ろしく、

己の未来を憂う容姿でしかありませんでした。

熱に浮かされながらに思い出したそれは、私が輪廻を廻った証拠。


前世、私の好んだものの中に『祈りの神子~愛しき姫と5人の貴公子~』

という乙女ゲームがありました。剣と魔法、そして異能力に溢れた世界、

ルーヴェンス。その北に位置する大国、黎栄帝國れいえいていこくが私の国。

大陸の中央上空に位置する浮き島、エテルギウスを舞台に繰り広げられる

恋愛模様を描いた物語です。主人公の少女アリア・オリティスが平民で

史上初の入学を決めたところから物語は始まります。

柔らかな亜麻色の髪にピンクトルマリンの瞳、やや猫目ながら可憐な容姿は

大いに、注目を集めました。


事ある毎に彼女を気に掛ける王子や令息達。

それを妬む令嬢や王女によって繰り広げられるバトル込みの乙女ゲームです。


私の役どころは、美しく儚げで、気品に満ちた東宮妃。

病弱ながら学年成績は一位で、ふんわりおっとりした性格ながら、

学園における姉妹兄弟制度における主人公の姉であり、

虐められた主人公を慰めたり、それとなく庇ったりする役どころ。

ですが、私はヒロインよりも、死亡フラグのある婚約者でゲーム開始時の夫、

東宮麗雅様をお守りしたいのです。

前世の推しであり今世の最愛を。


「殿下!麗雅殿下!なりません!!姫様はご病気で…」


「見舞いに来ただけだ、無理をさせるつもりは無い」


東宮様は私より2つお年が上。その分しっかりしていらっしゃる方の筈ですが…。

侍従の反対を押し切ってまでいらっしゃるなんてありえませんのに、侍女は一体何をしているのでしょう?


「ゅ、かり、だいじょうぶですから、おとおしして?」


「姫様…。では、東宮様、こちらへ」


御簾がゆっくりと巻き上げられ、東宮様が入っていらっしゃいました。

青光りする黒髪は肩下で結われ、柔和に微笑まれる姿はほっと致しますね。


「とうぐうさま、侍女がもうしわけございません…。

 なんのおかまいもできませんが」


「良い。病床の月乃に気を使わせてすまないな。それから、麗雅と呼ぶようにと

 いっているだろう?」


「ですが…けほっけほっ、もうしわけありません、東宮…「麗雅、だ」れ…れいが、

 さま…?」


「あぁそうだ。よくできたな」


~~!!蕩けるような微笑みです。お美し過ぎて直視できませんっ!!

私を真っ直ぐ見るその蒼玉の瞳が恨めしいですわ。


「ありがとう、ございます…」 


恥ずかしさで消えてしまいそうになって居ると不思議そうな顔を

されてしまいました。もうっ!どうしてそのように鈍感なのですか…?


「月乃…?どうした、顔が赤いぞ?っっ!!熱が上がっているじゃないか!

 すまない、無理をさせ過ぎたな。今日はこれで帰ろう」


「~~!れいがさまのばか!もうしりませんっ!」


「??」


「殿下、申し訳ありません。姫様は拗ねてしまわれたようです。

 直ぐにご機嫌は直ると思いますので、今日の所はお帰りを」


「?あぁ、分かった。月乃、また来る」


もうっ、どうしてそのように素敵な笑みを残していかれるのですか?

ずるいです!そして紫、ナイスフォローです。後でカステラを御裾分けしますね。


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