第2話 ススキノの私
『ようこそ、exzncdw onlineへ。』
私は暗い空間に立ち、謎の声と対峙していた。
下を見ると足元が床ではなくガラスのように透けていて、遠くには煌めく星々が見える。幻想的だ。
上を見ても声の主は居ない。下と同じように美しい星空があるのみだ。前も横も後ろも360度全天の宇宙。
雲のように広がる淡い光の流れにに、宝石のように強く美しい光があしらわれている。
はー、と、ため息をつき「綺麗…」と思わず口に出すと、謎の声が『ありがとうございます』と無機質に答えた。
聞かれたいた事に少し恥ずかしくなったが緊張はほぐれた。
「あー、えっと、没入型は初めてで、なんかヘルプみたいなのありますか?」
…少し間が空く。これがAIではなく疑似AIの人工無脳で私の問を理解していなかったら更に恥ずかしい。
『かしこまりました。説明を開始させていただきます。』
よかった。
『exzncdwonlineは疑似世界シュミレータを用いたVRMMORPGです。基本的には自由を尊重します。』
自由。素晴らしい響きだ。私にぴったりではないか。
『プレイヤー間の問題やNPCとのトラブルについても基本的にはゲーム内での物事として対処されます。』
『もちろん、悪質行為に対する罰則は存在しますが、それらもプレイヤーやNPCとの協議で決定されるものです。』
ケースバイケースという事だろうか。些か運営としては弱腰に感じる。
これでゲームの秩序を保つことができるのだろうか。心配になる。
「それで大丈夫なんですか?」
『はい。むしろゲームに倫理的に干渉しすぎると大規模なイベントの自然発生などに悪影響が出ることが分かっています。』
『exzncdwでは、運営からではなくゲーム内から発生するイベントを重視しています。だから干渉をできる限り少なくしています。』
「ふーむ、なるほど?」
こういう匙加減は実際ゲームをやってみないとよく分からない。
私もVRはあまりだがレトロゲーに分類されるコンシューマはそこそこやったものだ。ファンメール(迷惑な暴言の類)も貰った経験がある。
自由度とストレスと対人トラブルは常に深い相関関係にあるであろうことは想像できる。
『exzncdwでは全てのプレイスタイルが許容されます。それを否定するのは運営ではなくゲーム内の存在だけです。』
「それはそれですごい話だ。」
『恐れ入ります。』
「あんまり褒めてないです。」
しかし山賊や悪人のプレイヤーなんかも居そうだ。
そう思うと恐ろしくなってくる。私はもっとゆるふわな感じが良い。
そうだ、生産職がいい。街や森で薬草を集めてリスと一緒にポーションなんかを作って財を成すのだ。
素敵な住人、素敵なフレンド、森のお友達…素晴らしい。お婆ちゃんに軟膏を作ったりして過ごす日々…。
そんな程度このゲームなら容易いだろう。決めた。生産職だ。
『ゲーム内に存在する概念は多岐にわたりますが、基本的なものとしては『アビリティ』があります』
「ゲームっぽい。」
『ゲームです。『アビリティ』は本人に付与されている技術や技能、身体特性などのことです。』
『また、ゲーム内で普及しているジョブシステムによるアーツやツールといった付加技能も『アビリティ』に含まれます。』
「いきなり色んな用語が出てきてよく分からない。雰囲気じゃ無理?」
『稀に見るタイプですね。雰囲気でも結構ですが定着率が悪くなるので運営としては説明を是非聞いていただきたいです。』
「あー、じゃあ、後で!」
『…キャラメイクに移ります。外見はどうなさいますか?』
「!」
私はしばし押し黙った。そう、これは問題だ。外見を変えるのが防犯上望ましいとされるネットリテラシーも存在する。
しかしexzncdwはもはや第二現実とも言える世界。変に気取ったアバターだとリア友に出会った時「あ、こいつこんな趣味なんか…」と思われるのだ。
少し前に掲示板に投稿された『父親がエルフの美女だった』という体験談は映画化もされたのだ。
その様な事情から、アバターは現実準拠が安牌となっている。
「そ、のままで。」
私だってスーパーモデルの様なエルフアバターで遊びたい気持ちが無いわけではない。
そりゃあロリ巨乳でギルドの崩壊要因になってみたかったりもする。
あ、でも微整形ぐらいなら…二重とか、鼻とか、胸とか…だがしかし、ちょっとな分バレた時、逆にイタいのではないか。
「…くっ」
『本当にそのままでよろしいですか?』
「そのままで…」
『キャラクター名を決めてください』
これは悩む。本名の人も多いが、HNも多い。
本名は事務的だがただ気取ったHNも浮いてしまう。奥ゆかしさが大事になるのだ。
こういうのはいつも使っているものを使うのが一番。
PC向けのオールドMMOで使用していた名前にしよう。
「エレナで。」
『エレナ、登録しました。』
『最後に開始都市を選べます。何処にしますか?』
「それは、ススキノで!」
『かしこまりました。』
『では、ススキノへワープします。exzncdwの世界をお楽しみください。』
視界が、いや宇宙が回転し、星が尾を引いて視界が白く染まっていく。「わ」と声を出すと、いきなり風が吹いた。
土埃の匂い、乾いた風、さっきの場所ではない何処かに私は立っている。
「ここがススキ…」
私は眼の前の光景に言葉を飲み込んだ。
「ヒャッハー!種籾だぁ!!」
「あぁ、明日がぁ~、明日がぁ~…」
荒涼とした広場ではモヒカンの男が老人を足蹴にし、懐から袋を奪っているではないか!自治とは!?
その光景に愕然としていると、背後から爆音がして振り向いた。
「ウォロロロロ…!!」
バイクの集団が広場へ入ってきて奇声を上げて暴走し始めた!棍棒を手に持ち謎のトゲが車輪に付いている!
「イヤッハーァーッッ!!」
そこへゴーグルをした男がビルの上から火炎瓶を大量に投げ落とす!
暴走族の一段へ火炎瓶が降り注ぎ男が燃えバイクに引火し激しく燃えだした。その中の火炎瓶の一本が広場に山積みにされたドラム缶に引火し、
BOOOOOMM!!
爆発した。私は熱い風に衝突され、3回か4回か、もしくはもっと転がり石のベンチにぶつかった。
見上げると、それはベンチではなく破壊された噴水だった。
後に知ったことだが、ここはPVP(プレイヤーVSプレイヤー)の聖地。
通称、心荒む地ススキノ。
「ここが、ススキノ…。」
私は雲ひとつ無い抜けるような空を、乾いた地面に寝転がったまま睨んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます