exzncdw Onilne

d5d2b8d7b9de

第1話 クリオネの私

シリンダーキーを挿し込んで金属の玄関扉を開けると少しだけ化学的で爽やかな匂いがした。

1人暮らしには少し広いLDK。カーテンの無い南向きの窓からは容赦ない日差しが射し込む。


ふと風が後ろから部屋に吹き込んだ。頬に少し冷たい。

息を吐いて一歩踏み出す。ここが今日から私の家だ。


何を隠そう私は春から大学で一人暮らし。そう、一人暮らしだ。

このために、わざわざ親が満足する程度の偏差値かつ家から遠い大学を受けて死ぬ気で勉強したのだ!

にわかにテンションがブチあがる。自由!自由だ!今日から毎日ジャージで生活してやる!いやパンツで!


生活感がまだなく閑散としたLDKのLに我が物顔で頭から滑り込んで手足をパタパタさせる。


む!こ、これは…!知っているのか雷電!


これは栗尾根と呼ばれる古代中国に伝わる自由の表現方法で、恩赦された罪人は漏れなく往路にて栗尾根し喜んだとされる。

また、その優雅な手足の動きから極海に住むクリオネの語源となったことでも有名である。(出典『中華秘史』民明書房)


こんなバカな真似をしても誰も突っ込まない!自由!解放!一抹の寂しさ!ホームシック!死!

開放感ゆえのシームレスなホームシックからの死は一人暮らし初心者が陥りがちな罠だが、私は一味違う。


私は寝転んだまま薄暗いキッチンへ向かいLDKのKを完全に占拠している巨大なダンボール箱に抱きついた。

麗しのexzncdw onilne筐体…!本体価格9万9800円…!

没入型VR機器の筐体としては破格の安さであるが、学生には高かった…。


バイトをしたいが勉学の時間は削れないし、まず親の説得が難しい。

長期休暇を利用し密バイトを重ね、お年玉を貯めたり姉に借金したり色々したのだ。

無論のこと我が家はVRゲーム禁止である。親の過保護、過干渉か。

今や第2の地球とまで言われるexzncdwを相手取り教育に悪いとか脳に悪影響とか言い出すのは過干渉を通り越して馬鹿だと思う。


だが一人暮らしだ。もはや親の干渉など恐れる必要はない。

私は生活のアレコレの段取りを考えた。お布団と筐体以外の荷物は明日届く。

学校は一週間後。まだ昼だが今日は既にご飯をコンビニで購入してある。


完璧だ。完全なる自由。フリーダム。

私は筐体のダンボールにむしゃぶりついてバリバリと剥がしていく。

おお、つややかな白の官能的なチェア型VR没入機器…いやらしいゴーグルまで丸見えじゃないか…

これさえアレば知り合いが近所に居なくとも、大学で友達が出来ずとも何の心配もないのだ…!


「ふひひ」


自分の思わず出た声の気持ち悪さに少しビビりながら筐体に座る。

おっふ、10万円の椅子…すごい…え、ベッドより良い…寝そう…

……駄目!私は意を決して目を開けると睡魔を追い払い勢いよく立ち上がった。

危なかった。コンセントすら繋いでないのにゲームの世界へ誘われかけた。危なかった。


気を取り直して、なにもない部屋を見渡して筐体を置く場所を決める。

玄関開けたら2秒で筐体も捨てがたいが、靴が置けなくなるのは大きなデメリットだ。

大して考えずに決めた。寝室に置こう。そして今日はこれで寝よう。

筐体を引っ張ると意外にもすんなり引っ張れた。あ、キャスター付いてんのね。便利。


窓側か壁側か…ゲーム中に日焼けるのは避けたいので壁側。あ、コンセントが窓側。

届くな?届く。


exzncdwは姉もやっている。そうだと思いゲームに入る前に姉に連絡を入れる。うわ秒で帰ってきた。しかも凄まじい長文である。

んー、はーん、姉はススキノなる土地に居ると、なるほど。ゴーグルをつける。あ、内側はフワッとしてんのね。


目を閉じる。いや開けとくのか?

えっなにこれ、わからん、どうやってゲームに入るんだ?

どういうシステムだ?構造は?

不安になってきた。一回説明書読むか?


『ようこそ、exzncdw onlineへ。』


いやちょっと説明書読ませて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る