4-2

 アメリカを発祥とする世界有数の娯楽施設、夢の国。

 その中心地にて現在、異常事態が発生していた。

 夢の国の入口付近には複数台の軍用車や装甲車両が停車しており、重厚な銃火器で武装した者達が忙しなく動いて簡易設営の準備をしていた。

 日本における軍備といえば自衛隊の事を指すが、現在ここに集った者達は自衛隊の隊員ではない。

 一つの御家が抱える施設軍隊である。

 その家が持つ役割は政府機関の中でも厳重に秘匿されたものであり、その存在を知ることができるのは内閣の総理大臣をはじめとした政府官僚の中でも高位の役職に就いている者だけだった。

 その名を天元あまもと

 古くより日の本の守護を司り、歴史の裏側で数多の魑魅魍魎、怪物と渡り合ってきた退魔の家。

 その次期当主となるであろう然る少女がこの異常事態の真っ只中にいた。


「どうじゃ。中の様子は判るか、剣護けんご?」


「いいえ…残念ながら、結界内の観測はできません。科学、魔術の種別を問わず、様々なアプローチを試みてはいますが…どれも目ぼしい成果は上がっていません」


「然様か……」


 遊園地の入り口前で佇むは二人の偉丈夫。

 一人は巌の如き屈強な体に簡素な藍色の着物の上に白い羽織を纏った壮漢、天元理道。

 もう一人は黒いスーツに身を包んだ日本刀を思わせる硬く冷たい雰囲気を漂わせる細身の老人。

 理道の旧友にして真理の身の回りの世話をする家令である斬崎剣護きりさきけんごだった。

 先刻、真理が今回の任務に赴く際に彼女の背中になにか良くないものが憑いているような気がした理道は、いつでも真理に助力ができるよう邸宅で構えていたのだが……外れてほしい予感は見事当たってしまい、現在の状況に至る。

 理道が率いる部隊は遊園地の入口まで来たものの、ドーム状の黒い結界に阻まれて立往生を喰らっているという有様である。

 先日、日本政府からの報せでこの地にて百鬼夜行が起きるため、これの対処を天元家は依頼されたのだが…。

 いざ蓋を開けてみれば、事態の発生時刻は予想を遥かに上回る早さで起きた上に、そこに日ノ本の妖の姿はなく、代わりに西洋の怪物の反応が検知されるという始末であった。


「まったく……これのどこが百鬼夜行か? 西洋の怪物の気配がプンプン漂ってくるではないか。間違いなくヨーロッパ由来のワイルドハントであろうよ。やしろの連中め…なにをしておったんじゃ? あやつらの怪異察知の能力はこの日ノ本でも随一のものだ。それが誤報をもたらすとは……信じ難いことだぞ」


「先ほど問い合わせてみたのですが神具の故障や破損、儀式の失敗などは見受けられず、きちんと正常に執り行われたそうです。彼らの神事に対する真剣さや真摯さから察するに神主や巫女達が不手際を働いたとは考え難いですが…」


「確かにのぅ。では、まさかと思うが……」


「ええ、おそらく敵は社の者達の監視の目を欺いて、百鬼夜行に見せかける偽造を施したのでしょうね」


 剣護も口にするのが億劫になるくらい、それは現実離れした異常な事態と言えた。

 この国の宗教に対する姿勢は諸外国から見れば異様と言えるものがあり、その特質もあるからこそ諸外国から一目置かれているという一面がある。

 西洋における代表的な宗教である基督キリスト教においては神と人の距離は文字通り天と地の差があり、両者は基本的に馴れ合ったりする事は無く、人は神に恭しく傅き従うという傾向が多い。

 対して東洋の島国たる日本における宗教、特に神道においては神と人の距離は近しく、神話や伝説の中では和気藹々わきあいあいと酒を交わして宴を催したりする描写がちらほらと散見される。

 これをもってして日本人が神の存在を軽視しているというのは大きな間違いであり、もし神事や祭祀で悪戯いたずらに粗相を働こうものなら白い目で見られることは必至である。

 日本人は上位存在たる神と親しくするは事はあれど、節度はきっちりと持ち続ける性分なのだ。

 どれほど親しく接しようとも、相手はあくまでも自分達とは住まう世界が違うモノ。偉大な存在であり、敬意を抱き、尊ぶ心を絶やすような事はあってはならないという戒めを心に持っている。

 この決まり事を破れば神たちとの関係が著しくこじれてしまい、結果として災い事に苛まれる事へ繋がってしまうのだと意識、無意識に関わらず日ノ本の人間はそのように認識しながら生きているのだ。

 そんな風習が根付くこの国において、神事を執り行う役職に就いている者達は一般人よりも真摯な姿勢で祭りや儀式に臨まなければならないのは言うまでもなく。

 数千年を超えて、その役目を果たしてきた社の者たちがミスをしてしまい、このような失態を晒すという事は到底考えられない。

 事実として、儀式の失敗や神具に不備があったとの報告は上げられておらず、今回の件は彼らにとっても寝耳に水だったそうで、組織内はてんやわんやの大騒ぎとなっているのだそうな。


「今回の相手は一筋縄ではいかなそうだのう…。真理には些か以上に荷が重すぎたかもしれん。急いであの子のもとへ駆けつけたいところじゃが…」


「厄介な結界です。これだけ大規模な結界を張っておきながら結界の起点となる術式の位置が掴めない。結界は基本的に此方と彼方を隔てるための目安となる印でしかないので出入りに関しては簡単な筈なのですが、この魔術は特定の魔力の波長を持つ者しか入れないように設計されたもののようでして……科学的な方法を用いて結界の突破も試みましたが、こちらの物理法則がほぼ通用せず、跳ね返されてしまう次第です」

 

「敵は魔術的な面だけでなく科学的な面でも対策を立てているのか…。と、なれば今回の敵は魔術に長けているだけでなく科学の分野でも相当の知識を持っているのだろうな」


 魔術師と呼ばれる人種は神秘に依った技術である魔術を行使する事に狂的な執念を抱く生き物で、基本的に現代科学を忌み嫌い、使用する事はおろか、その手の知識を学習する事さえ魂が穢れるといって忌避する傾向が強い。

 神秘を秘匿しながら世界の中で使用するというのは彼ら魔術師にとっては呼吸をするようなものであり、言ってしまえばそういう在り方をしなければ彼らはこの世界で生存できないのだ。

 無論、現代において魔術は時代遅れの技術体系で現代において人々に使用される文明技術の主流となっているのは科学である。

 現代科学も元を辿れば魔術に起源を端を発するもの。

 魔術から錬金術が生まれ、錬金術から科学が生まれた。

 何の特殊能力も持たない普通の人間が特別な人間の真似をするために生み出され、人間社会の営みをより効率よく回すための補助道具ツールとして生み出されて運用されてきた。

 時代遅れとなった古びた技術である魔術は生活の営みの補助の補助をする程度で運用されている、というのが現代社会における実情であるため基本的に魔術に関わる事件というのは年々、減少している傾向にあるのだが。

 それらの事実を鑑みるに、今回の事件はあまりにも異常が過ぎるだろう。


「そもそも敵は魔術師なのかのぅ? 連中の仕業にしては、魔術の秘匿がおざなりにすぎないか、これ? それにどうも科学の面に明るすぎる傾いがあって、これが魔術師の手に依ったものだと評するには違和感があるのぅ」


「たしかに…この結界は魔術師の所業とするには妙なところが多々、見受けられますね…。たまに現代科学に興味関心を持つ魔術師もいますので、その手の輩の仕業という線もありますが…」


 なんにせよ、このまま手をこまねいているわけにはいかないのだ。

 こちらは手塩にかけて可愛がってきた愛し子が危機に陥っているかもしれないのだ。

 一分、一秒の時間の浪費すら惜しい。

 ならば、然るべき手段に訴えるまでだ。


「剣の字、ワシが直接出る。政府上層部や社の連中からの文句はこの際、封殺する。よいな?」


「よろしいのですか? 貴方が動かなければならない程に切迫した状況だと上層部が判断するには些か苦しい状況にも思えますが」


「じゃろうな。だがな? ワシにとって真理は妻の理世と同じく、世界と同等かそれ以上に重大な存在なのだ。ならばワシが動くことをワシ自身に許しを与えるのは当然のことよ」


 理道ほどの実力者が動けば国の一つや二つが秒も掛からずに消滅する事になっても不思議ではない。

 それ故に彼が動く際には人の世に多大な影響が及ばないように日本政府の上層部や怪異の事件を取り扱う重要組織である社の合意を求める必要もあるのだが、事と次第によってはこれらを無視する事も可能ではある。

 今回の件においては方便とこじつけを多分に用いて、かなりの力技に訴える事になるだろうが……理道のこれまでの功績と彼自身の人柄があれば多方面からの苦情の対処には難儀する事もないだろう。

 たとえ多少の苦境に陥ろうとも親しき者の危機に手を差し伸べるのが日ノ本の武士さむらいの粋な心意気というもの。

 ならば、最早迷いも憂いも無用でしかない。


「然様ですね……委細承知。すぐに装備をお持ちいたします」


 家令たる剣護が主からの命を受けて、即座に彼の装備品の用意に向かう。

 敵の戦力が未知数である以上、こちらも相応に力を入れた武装をしていかなければならないだろう。

 神器とまではいかなくとも、成って千年を超える業物の使用も考えねばなるまい、と推し量り、理道は目前の結界を睨みつける。

 夜の闇すら蝕む暗く黒い結界。

 その不吉の中にいる愛娘の無事を確かめる為に日本有数の怪異殺しが出陣を果たさんとしていた。





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