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 そうして十年――――――。

 二〇一九年の現在、僕は大学生になり、今も勉学に励むと同時に友人や隣人と過ごす何気ない日々を謳歌している。

 父は旅行の後、行方不明となり…母は数年後に病でたおれた。

 しかし、僕の周りから賑やかさが絶える事だけはなかった。

 破天荒な生粋の悪童にして悪友、大神賢人おおがみけんと

 小さなころから実の姉のように、そして妹のように接してくれた従姉妹いとこ達、菩提菜乃花ぼだいなのは菩提麗華ぼだいれいか

 ぶっきらぼうでだらしない性格だけど両親のいなくなってしまった後、僕の面倒を見てくれた叔父の星宮総司ほしみやそうし

 そんな叔父さんの同僚にして、今は僕の上司の女性学者の辰巳灰里たつみかいりさん。


 十年の歳月を経る最中、多くの人に出会って、多くの人に支えられて今の姿に成長することができた僕はなんとか現在いまを生きている。


 日常を謳歌するにも相応にモノが入用になるわけで、

 それは時にお金だったり、人員だったり、法律だったり、社会的なシステムだったり。

 多くのモノを費やして、あるいは費やされて、僕はココに生きている。

 それらが一つでも欠けていれば、きっと僕はココにはいなかっただろう。

 例え、生存できていたとしても…それはきっと、別人と呼んでも差支えがないくらいに今の聖条真也とはかけ離れた在り方をしていたことだろう。


 僕にとって十年という歳月は決して小さな年数ではない。

 僕の人生の半分のを占めている数字なのだから当然と言えば当然だ。

 色々なことが起きて、色々なことを起こして。

 騒がしく賑やかで、いろどりに満ちた思い出を積み上げて。

 宝石のように、鮮やかな虹の色を宿した日々の結晶を胸に抱きしめて。

 そんな素敵な、日常セカイをくれた周りにいる誰かに感謝と敬意を胸に抱きながら、日常を過ごしていた時、


 僕は――――――再び、彼女と出会えた。






 ◇






 進学を旨とする高校に入学し、晴れて高校生となった春の日、同級生となる同い年の隣人たちに囲まれながら入学式を迎えた。

 桜が散っていく風景に新しい生活の始まりを見る。

 何が起きるのかわからない。そのことが少し、怖くもあり。同時に楽しみだと思う矛盾性を自覚すると、何だかくすぐったくて妙な気持ちになった。


「なーに黄昏たそがれてんだ、真也? 夕暮れまで、まだまだ時間あんだろうに……相変わらずセンチメンタルというかロマンチストだねぇ、お前さんは」


「賢人……」


 ニヤニヤと不敵な笑顔を浮かべながら長年の悪友である賢人が声をかけてきた。


「お前のことだ、どうせこれから何が起きるかわからなくて不安なんだろ?バカだな。そこは自分の想像が及ばないような面白可笑しい事が起きるんだって前と上を向いた考えを持つもんなんだよ」


 相も変わらず賢人は超がついて然るべきポジティブさで…いつも通りのその姿勢を僕は呆れながらも受け入れてしまう。


「そうよ。あんた、ただでさえ鈍チンなところあるんだから、そんな風に薄暗い表情していたら掴める幸福も掴めなくなっちゃうわよ、真也。今、その時に起きている幸福な出来事ってのはね、その時にしか起きてないものなんだから、出会ったのならしっかりと掴まなくっちゃ!」


 快活な声と共に注言を向けてきたのは一つ年上の従姉妹、菩提菜乃花。

 賢人と同じく、世間でいうところの愛すべき馬鹿というヤツだ。

 ただ、そこにいるだけで陽だまりの中にいる気分にさせてくれる、太陽のように照らしてくれた女性。

 その明るさと整った可愛い容姿も相まってか、彼女の周りにはいつも人が沢山集まってくる。


 彼女は僕の両親がいなくなってしまった時、塞ぎ込みがちになっていた僕に手を差し伸べてくれて…当時は何かと気を遣ってもらった。

 彼女のおかげもあって僕は自分自身を見失わずに生きてこれたんだ、その事には感謝してもしきれない。


「…そうだね。後ろ向きになったって、真っ当な健全さが伴った幸福が手に入る筈もなし。色々と考えこんじゃったけど、そんなの仕様がないことでしかない……そうだよね、二人とも?」


「へへ、分かってんじゃねぇの」


「そうそう、それで良し!」


 二人の旧友に囲まれ、新しく始まる生活の中に今までと変わらないモノを見出せた僕は確かな安堵を感じていた。


「まぁ、どうしても緊張が解けないってんなら、俺がいい方法教えてやるよ。具体的にはあそこにいらっしゃる新女子高生集団の下着ウォッチングだ。俺のエロティックセンサーが確かなら右から二番目の女の子はかなりのドスケベランジェリーを着けて……」


「あんたは新学期早々なにを問題発言かまして、問題行動を起こそうとしてんの! そんな頭悪いセンサーさっさと廃棄しろぉ!!」


 二人の喧々諤々けんけんがくがくとした賑やかなやりとりに、自然と頬がほころんでしまう。

 基本的には賢人がバカをやらかして、なのはがそれに怒って、僕は毎回、自分の立ち位置を選んで楽しんでいた。

 時にはなのはの加勢に入って賢人を諫めたり、時に賢人と一緒にバカをやってなのはをからかってみたり。

 そんなドタバタとした傍から見たらなんでもない日常風景が自分にとってはこの上なく大切だと思えた。


 もし僕たちが治安の悪い国家で生まれ育っていたのなら、こんなやり取りを謳歌する余裕なんてなかったのかもしれない。

 着るものも少なく、日々を生きるための糧に困り、住まいをなくしてしまった人がこの世には相当に存在しているのだ。

 衣食足りて礼節を知る、とはよく言ったもので、治安の悪い国家の中には内臓を売るために人が人を狩る国もあるというのだから、それらを鑑みれば僕たちは本当に幸運で恵まれているのだろう。


「真也! 色気ねぇ水玉パンツ穿いてる菜乃花なんか放っといてよぉ、あそこの女子達とお近づきになりに行こうぜ? そしてあわよくば、今夜は取り立てホヤホヤのパンツを肴に乾杯だァ!!」


 テンションが上がりすぎて、もう何を言ってるのかきっと本人にも分かってないんだろうなぁ、あれ。

 普段の僕ならこんな下品な行いには加担せず、賢人を止めたりするものなんだが…でもまぁ、今日は晴れの祝い事だし、たまには羽目を外すのもいいかな?


「そうだな……それじゃあ行こう、賢人!! どうせならあそこの女子達を全員お持ち帰りする勢いで突撃を仕掛ける!」


「オイオイ、お堅い性格したお前にしてはご機嫌な提案じゃねぇかよ、真也ァ! よっしゃあ、イくぜ!!! 待ってろよぉん、俺の未来のワイフ達? 今から俺が君たちの知らない領域を征服しに行っちゃうからなぁ! AAALaLaLaLaLaie!!!!」


「待たんかい、この駄メンズコンビィ! 入学早々に退学沙汰でも起こすつもりなの!? あと、賢人!! あんたは本気マジで待ちなさい。人の下着を暴露するだけでなく、こき下ろしておいてタダで済むと思うなよぉ! そこで私の槍の練習台にしてやるゥ!」


 居心地のいい、安定した日々。奇跡のような黄金律のバランスを保った光景。

 これから先も自分達はこの穏やかな日々の中で生きていくのだ。

 たとえ、どれだけ飽き果ててもずっと、ずっと、長い時間、長い月日、長い年月を。


 チャイムの音と共に校内に入学式の始まりを知らせる音声が流れていく。

 それに合わせて体育館に向かって生徒達が歩を進めていく。


 新しい生活に一抹の不安はあっても、それに捕らわれることはないんだ。

 不安を抱えた上で僕たちは日常を精一杯、謳歌しながら日々を懸命に生きていればいいのだ。

 それがきっと、より善い明日へと辿り着くためのたった一つの冴えたやり方なのだから。

 そんな悟ったような言葉を胸の内で繰り返しながら、僕は二人の幼馴染と共に体育館へと駆けていった。





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