2-3
一時間歩き通して、私は目的の倉庫外へと辿り着いた。
ここに基也がいるらしいが、さてここで問題が一つ。
「どの倉庫を探せばいいんだろう……?」
倉庫街というからに、そこには複数の倉庫が設けられている訳で……。
つまるところ、自分はこれからこの数十単位ある倉庫の中を一つ一つお行儀よく見て回らなければならないということなのか。
「ちょっとやだ、やめてよね……」
一難去って、また一難。面倒事が増えて、途端に気分が滅入ってくる……。
この倉庫街もヒト一人の観点からすれば、かなり広い。
一つ一つ回っていては、おそらく数時間はかかるだろう。
もう一度、灰里に電話して基也の位置情報の詳細を聞き出そうと携帯を取り出そうとしたその矢先、けたたましい鋼鉄の叫び声が聞こえてきた。
「バイクの…音…?」
こんな寒空に、こんな辺鄙な場所にわざわざツーリングをしに来る者がいるのか。
見ごたえのある景色など無いというのに……。
馬鹿な奴もいたものだと思いながら音のした方へと足を向ける。
次第にバイクのマフラーから飛び出す排気音の数が増えてくる。どうやら複数人でいるらしく、騒音はどんどん増えていく。
歩を進めて見えてきたのは柄の悪そうな複数のバイク乗り。
これは、いわゆる暴走族というやつか。
二〇二〇年も間近に迫ろうというこのご時勢に未だそんなステレオタイプの人間が存在しているという事実に驚きを禁じえない。
こんな錆だらけの倉庫が乱立する場所に
族が取り巻く倉庫の入り口、その中からロックバンドのボーカルが着るような派手な色をしたロングコートを纏った男に肩を貸して貰いながら中から現れたのは、
「
これから探そうとしていた
周りにいた悪童共を掻き分けて、急いで基也へと駆け寄る。
外傷は無いようだが、どうやら体の自由が上手く利かないらしい、薬でも打たれたのかと気になったが……。
それよりも
「なんだ、お嬢じゃねぇの。何でこんなとこに?」
「それはこっちの台詞……なんであなたがここにいるのよ、賢人?」
「モチ、こいつを家まで届けてやるためだよ。お嬢もコイツがいなくなって寂しがってると思ってな」
くすんだ金髪が特徴的な無邪気さと不敵さが同居した笑顔。いつもニヤニヤと笑うこの男の名は
私と基也の同期で基也が大学に入ってからは、しばらく行方不明になっていて表には出さなかったものの基也がよく気にしていた。
最近になってフラリとまた私達の所に顔をだしてきて、何をしていたのかと尋ねるやいなや、この男は街の悪童達を束ねてマフィアごっこをしていると答えたのだ。
彼が率いている組織の構成員は基本的に未成年が主らしいが、中には三十、四十代の大人もいるそうだ。
社会に上手く馴染めず、アウトローとレッテルを貼られた者達は基本的に表社会では肩身が狭い思いをする。それならばいっそのこと本当に道を踏み外し、裏の舞台で生きていくことを選ぶのもまた人間らしい選択とはいえるだろうが……。
この男はそういう者達を掻き集めて一種のコミュニティを築き、この街の中に外れ者同士で寄り添っていく領域を新たに造ったのだ。
コイツは煌くような阿呆ではあるが奇妙な人望の持ち主であり、都内の悪童達からはカリスマ的存在として扱われていて最近ではヤクザの事務所を何件も襲撃して壊滅させたという話も聞き及んでいる。
「お呼びでなくとも即参上。いやぁ、なんか面白そうだったんでな? 首突っ込んでみたんだが……もう話は終わってたみたいだなぁ。俺もそっちに行けば、ちっとは楽しい思いができたのかねぇ?」
このチンピラは基本的にいつも笑っている。嫌味ったらしい笑顔はまるでそれ以外の
非常に陽気な性格と相まって彼は周りの人間に典型的な軽薄男として認識されているのだが……それはどうでもいい、今は置いておこう。それよりも基也を連れて帰るのが先だ。
「真也を助け出してくれた事には感謝するけど……貴方、どうやって彼の居場所を?」
「うん? そりゃあウチの連中を使ってチョイとな。お嬢も知ってんだろ? オレがどういう連中とコネ持ってんのか」
後ろにいる族達を親指で指さす。
指差された悪童達は自分達が信奉するカリスマに指名されてご機嫌なのか派手な喜びの雄叫びを上げる。
「ウチは社会から外れたヤツらを主軸に動いてるんでな。表に出回らないような情報を手に入れるなんざ寝ながらでも出来る。ましてやそれが自分達の縄張りの中なら尚更よ」
二カッと笑いかけるその笑顔は明るさに満ちたもので……見るものによってはその笑顔にコロリと堕ちるのかもしれない。顔立ちは整っている方だし。私は至極興味ないけど。
「最近はホームレスにも声かけてネットワークの拡大に勤しんでてな。いやぁ、アイツラ結構耳がイイんだぜ? ワンカップ酒に焼き鳥の盛り合わせでも持っていけばケーサツでもまだつかんでないタレコミとか気さくに話してくれるしな!」
「いよいよ貴方のコミュ力はホームレスにまで手を伸ばしだしたの……? 呆れた。貴方もこの調子だとダンボールを伴侶にする家なしの
彼がダンボールをかぶって公園のベンチで寝てる姿とか割と簡単に想像できてしまうから冗談にならないと思う。
「そんなもん、もうとっくに経験済みよ。ダンボールってマジあったけぇのな」
……まったく
人の好さで色々な方面に顔が利くのは分かってはいたが……常識的に考えて拉致監禁されたら自然と助け出してくれるホームレス生活経験済みの社会不適合者の友人とか、普通の一般人にいるのだろうか?
……やれやれ、疑問もいいとこだ。私がいなくても、もしかして基也≪コイツ≫は普通に助かったのではないだろうか?
「なんだかよくわからないけど腹が立ってきた……とりあえず真也は後で殴る」
「オイオイ、勘弁してやれよ。コイツこれでも被害者だぜ? なんか薬打たれてぐったりしてるみてぇだしよ? 手錠を外そうとして暴れたのか…ほれ、手首のあたりとか結構皮がめくれてるぞ?」
「みたいね。じゃあ代わりに貴方の
「よせやい♪ 俺のキレイなキレイな
「
ひっでぇ、と口にする彼を尻目に基也に肩を貸す。
「さぁ、帰ろうぜ。もちろんお嬢も乗って行くだろ?」
「あなたのバイクを貸しなさい。わたしが彼を連れて帰るから」
「それはできねぇな。
彼の掛け声で部下の一人と思しき男がバイクを押してやってきた。車種はハーレー。サイドカーがついていて、そこに基也を乗せる。
意識がまだ茫洋としているのか、時折私と賢人の名前を口にするのが精一杯の様子で、
憔悴しきった基也の体には力が入っておらず、サイドカーに運びこむぶのは結構な重労働だった。
「シートベルトで固定しておけば落ちないだろ。そんじゃまあ、行きますか」
「ええ、そうね」
これでようやく、今回の件は終着へ辿り着いたようだ。
私は一つ大きく息を吐いて、緊張した気持ちを体の外へと追い出した。
寒さを孕んだ冬の空気に抱かれながら、私たちは帰路へと着く。
雪が降り始めようかという時節。灰色に濁った空を見て少し憂鬱になる。
勝利を納めたにしては私は何かを欠いているような感覚がして……それが、少しだけ気がかりだった。
◇
人がいなくなったキャメロットの中に女性が一人倒れている。
先の戦いで敗北を喫した女性騎士、オルガフィヨス=ローエングリーン。
麗人と呼んで差し支えない程に整った顔立ちは今は埃まみれで、それはまるで長らく子供に放置された
オルガフィヨスはふと、何者かが自分の傍に佇んでいる気配を感じて目を覚ます。
夜空を溶かして染め上げたかのような暗い色のローブを身に纏ったその人物は何をするでもなくジッとオルガフィヨスを観ている。
それはまるでフラスコの中の実験対象を眺めている学者のようで・・・透徹したその眼にはこの世の全ての真実を見逃さないと謂わんばかりに、ぎらつく眼光が宿っていた。
「何をしにきましたの…?」
「……」
問いに答えることなく
初めてあった時からこの存在は男なのか女なのか、老人なのか赤子なのか……とにもかくにも正体が判然としない
ゆらゆらと形色が揺らめいて…そもそも、生き物なのかさえ疑わしくなるような気配を漂わせる事もあった。
その正体不明さにオルガフィヨスは底知れない不気味さを感じていた。
(相変わらず、素性は隠したままなのですね…)
幽霊じみた存在の希薄さ。
ひっそりと佇むその姿には弱々しくも確かな強大さが滲み出ていて、
これら二つの相反する性質が同居しているというその矛盾にどこか違和感を覚えながらも受け入れている自分がいた。
コレはまるで、発生した瞬間からそういう仕組みで出来ているのが普通なのだと思えてしまえる位には、精巧で自然な造りをしていたから…。
そうして少しの間、明かりの無い深海にも似た暗さと静けさの中でお互いに沈黙を重ねる。話の口火を切ったのは
「―――キミは、いいのかな?」
簡潔な問い。
それは簡潔に過ぎるが故に、初めは何を問うてきたのか分からなかった。
だが――――――
「このまま彼女に敗北し続けて、片目も恋しい男も奪われて、惨めに終わりを迎える…本当にそれでいいのかな?」
理解は一瞬。秒もかからなかった。
同時に、胸の内に黒々とした憤怒の炎が噴出することも、また然り。
貌は見えないが、コレは間違いなく私を
無様だ、下らない、滑稽だ、笑いが止まらない、実にお前は
「口を閉じなさい、魔術師…」
短い言葉に自分でも把握しきれない程の熱を込めた。
自分が何を考えているのかも段々、分からなくなってくる。
それが危険な行いだと分かってはいたが、それでもいい。
今はただ…コレと出会って、天元真理の話を聞いたあの時の様に、激情に駆られていたいから――――――!!!
「私は、負けません…決して……! 彼女に奪われたものを取り戻すまで、何度でも戦うのみです!このまま終わるなど、断じて認めません!!」
宣誓は高らかに。
自分と世界に向けて。
それを聞いた
――――――瞬間、粘性の伴う銀色の光が私を包んでいく。
びちゃびちゃと、不快でありながらもどこか心地よい音をたてながら私の背後から湧き出てくるソレは…確かに人の心を惹きつける輝きを放っていた。
銀色に着色された水?いや、これは―――
(水銀…?)
自分を包み込むモノの正体を理解すると同時に私の意識は再び暗がりへと堕ちていく。
深い、深い、水底へと沈んでいくような感覚。|魂≪からだ≫は|身動≪みじろ≫ぎする自由さえ失くしていく。
薄れていく意識の中、
「ああ、
呟く言葉には確かな真摯さが篭められていた。
コレの意図するところは未だわからず、様々な疑問は尽きせぬが…。
それでもコレは私と協力関係を結びたいと願っていることだけは
私は最後に一つだけ、もう一度始まりに抱いた疑問を投げかけた。
「――――――貴方は、何者ですか?」
簡潔な問い。
返ってくる答えの内容を、私はもう識っていた。
「――――――私は奇跡を起こすモノ、魔術師だよ」
想っていた通りの答えを胸に抱いて、私ことオルガフィヨス=ローエングリーンは、少しだけ永い眠りについた。
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