2-2
剣閃の乱舞。
爆発めいた轟音が城内のホールに響き渡る。
オルガフィヨスが振るう剣には術理というものが最早微塵も無い。
これは武力の行使ではなく、暴力を振るっているだけだ。
彼女の発する気配には既に武人の清冽な高潔さが失われており、ただ獣の卑しさが垂れ流されているだけだった。
「譲ら、ない……負、ける…ものですか……!!」
薬の影響で声をまともに上げることも出来ないのか、オルガフィヨスの言葉は弱々しい。だがその声には確かな呪詛の念が込められていた。
「何もかも、持って生まれて…その上、後に、なっても…欲したものを必ず、手にしてきた、あなたなんかに……私の、聖杯は…渡さない!!!」
泣き言めいた言葉。
いや、彼女は本当に泣いているのかもしれない。
真理は思う。合理性に則って考えればこんな杜撰な攻撃を真っ向から真正直に受け止め続ける事に意味はない。早々に決着をつける事が賢い判断で、そうするべきだと思う気持ちにも嘘は無い。
しかし、そんな冷静さとは裏腹に無駄を重ねるこの行動は一体、何の為なのか……真理にも判りかねるものだったが。
……それでも、その行いを真理は何故か大切にしなければならないものだと思ったのだ。
だからやめない。コイツの気が済むまで、出来る範囲で付き合ってやろうと結論を下した。
凛とした瞳をオルガフィヨスに向けて、真理は自分なりに、
「―――――――――ッッ!!!!!」
理性がなくなって言葉を失ったのか、オルガフィヨスは口を開けて何事かを叫んでいる。
それはまるで陸に打ち上げられた魚が酸素を求めてもがき苦しんでいるかのような痛ましさだった。
変貌を遂げた自分の様子に大した驚きの気配を見せない真理の態度が気に障ったのか、オルガフィヨスの猛攻は更に激しさを増していく。
なお苛烈さを増していくオルガフィヨスの攻勢。
激流を想わせる攻めの一手はどこか悲壮さすら漂っているようで。
それを見続けるのも辟易してきたものだから――――――
「あなた…には……負けません!! 絶対に!!!」
「――――――そうかしら」
穏やかな言葉と共に真理が獣の様相を帯びたオルガフィヨスの剣を躱しながら反撃を放つ。
強大さを増したオルガフィヨスの
短剣の柄を用いて腹部から背面へ突き抜けていく衝撃がオルガフィヨスを襲った。その一撃は半ば以上に理性を無くしたオルガフィヨスをして、心を奪われる流麗な体
儚く、美しい、夜の桜を想わせる……。
自身の肉体を走り抜けていく強烈な一撃を受けて、オルガフィヨスの意識は大きく揺らぐ。
崩れおち、薄れていく意識の中、オルガフィヨスは確かにその声を聞いた。
「私が、何もかも持って生まれた? なんて可愛らしいのかしら……絶望させて上げたくなるわ、
―――――――絶望に満ちた、哀しい程に冷えきった
周囲の空間に口にした人間の孤独、その冷たさが響き渡っていき、まるで世界そのものが喪に服しているかのような静けさに支配されていく。
(なん、ですの……これは?)
自分は敗北した。負けたのだ。
惨めなのは自分の筈なのに。
彼女は讃えられるべき者の筈なのに。
何故……自分は彼女のほうが惨めだと思うのだろう?
何故……この女は勝利したというのに心が微塵も揺れ動いていないのだろう?
精神が、活動していない――――――いや、待て、この女の内側には活動するモノが何一つとしてないかのような。
今、目の前にいるこの女は本当に人間なのか?
まるで世界そのものに人型の虚無が在るような……。
そんな感慨を抱かせる程に今の真理は人間離れした風情を纏っていた。
先程まで、そこにいた人間がまるで幻のようにかき消えて、その代わりに別の何者かがそこに現れたかとしか思えない、別人めいた気配……。
その気配を、オルガフィヨスは知っていた。
(間違いありません…この気配は確かに、あの日の)
思い出す昔日の記憶。
そこに映し出された古びた光景。
十数年前に見た、フランスに両親に連れられて、護衛の任務に行った際に訪れた大きな屋敷。
その屋敷に一人っきりだった金の髪の少女。
身に纏う気配に、人の性など在りはせず。在るのはただ、ひたすらに浮世離れした神聖さすら伴う美しい風情。
世の男性が思い描く『たおやかな淑女』という概念が服を着て歩いているかのような佇まい。
過去の追想によって思い出した彼女の姿。
自分の知っている彼女と現在の彼女との差異。
斯様な変貌を遂げたその理由。その
―――――――そうだ、
「あ、なた…まさか…」
その事実を理解しきる前にオルガフィヨスの意識は眠るように闇へと墜ちていった。
天元真理という女の真実、その一端を垣間見たことで抱いた絶望を噛み締めながら。
◇
少し、疲れたのか…自分は立ちながら意識を失っていたようだ。
最近は、この手の身体の不調が起きて敵わない…。一度、天元の家が抱えている医者に見てもらうか。
倒れた相手を見下ろし観察する。オルガフィヨスは意識を失い、気絶したようだ。
あとはこいつから基也の居場所を聞き出すだけ。拷問の類は得意ではないけど、まぁ事ここに至ってはいた仕方あるまい。
適当に関節でも外して身動きできないようにしてから情報を聞き出すとしようとした、その時に電話の着信音が鳴り響いた。
携帯の画面に映っていたのは灰里の名前。
「……もしもし。何か用なの、灰里?」
「そちらはどうやら終わったようだな、真理」
この場に相応しくない軽薄な声に辟易しそうになる。
こちらは切った貼ったを終えたばかりで疲労が溜まっているというのに、そこにコイツの軽薄な声色を聞かされては気分は落ちていく一方だ。
「ええ…終わったわ。話は手短に、簡潔にして。疲れてるんだから、こっちは…」
「それはそれは、お疲れ様のご苦労様。真也くんの居場所がわかったから伝えておこうと思ってね」
「……へぇ、手際のいい事」
電話の内容に少しご機嫌になる。
どうやら一つ手間が省けたようだ。
「場所はどこ?」
「海沿いの倉庫街。その中に使われなくなった倉庫があってね、彼はソコよ」
場所の情報を送るわと言ってメールに記載されている住所を見る。
ここから徒歩で一時間といったところか。
戦いの終わった後でまた動くのは嫌だけど……まぁ、上昇した体温をクールダウンさせるためと思えば丁度いいか。
「早いとこ行ってあげることね。冬の最中に倉庫で閉じ込められるなんて色んな意味で寒いわ」
「だろうね、そうするよ」
簡潔に短く答えて城内から踵を返す。
…ここにはもう用は無い。
最初の時と同じく伽藍としていたこの城の中は、訪れた時に漂っていた静かな気配は、一層濃くなっているようだった。
目的はあくまで基也の救助。アイツの居場所が知れたのならもう此処にもコイツにも構う理由なんて無い。元々、コイツに多大な興味があったわけでも無いし。
「最低限、アナタへの人としての義理は果たしたわけだし……もう行かせてもらうよ?」
意識を失くした今宵の下手人たる女に言葉を向ける。
眠っている彼女の表情は安らかとはいえない悩ましげな表情だったけど……それはそれで、キレイだと思えた。
「――――――ああ、最後に一つだけ言っておかなきゃいけない事があるんだった」
意識をなくした相手に言葉を向けたところで無意味だというのは分かっている。だけど、それでも口にしておきたいと思ったことがあったから。
「
普段なら絶対に言わない熱を込めた台詞。
どうでもいいはずの誰かに、こんな事をするなんて……今日の私はきっとどうかしているんだ。
柄にも無い事をしている自覚はあったものだから……なんだか余計に気恥ずかしくなる。
関東の冬の寒さは決して人には優しくない。
さっさと真也を連れて帰って、温かいものでも口にしよう。
なんならあいつに奢らせてもいい。
その案はなんだかとても楽しげで、私は先の戦いの昂ぶりをどこかに放り投げて、弾む様な足取りで基也の居場所へと向かった。
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