第23話 家の怪異 4
異界。真っ暗闇な夜の中のような世界。朧木達は迷い家を出てもとの世界を目指して歩く。出入り口は朧木が切り拓いた為、外の世界の明かりが入り込んでいて目立っていた。道に迷う心配は無かった。だが・・・・・・。
とてとてとて。何かが歩く音が聞こえ始める。朧木達が警戒した。・・・建物の影から人間の子供くらいの背の高さの長い髪を持つ何かが飛び出てきた。赤く輝く双眸。長く尖った牙。明らかに人類に友好な生命体には見えない。
「なんだあれ。あんなの見たこと無いよ!」
洸が叫んだ。明らかに怯えている。
「・・・・・・そうか。僕が開けた出入り口の光に釣られて出てきたんだ!」
「むむむ、これはいかんね。あれは魍魎!」
猫まんが叫んだ。その声に朧木は霊剣を握る。
魍魎。妖怪の同義語であるが古い伝承の妖怪を呼ぶときにこう呼ばれる。『耳袋』と呼ばれる伝承の中では葬儀の最中に黒い雲となって現れて死体を奪うという。また『本草綱目』という伝承の中では亡者の肝や脳を喰らうとされる。
「洸君、僕の背中に隠れて!」
少年は頷いて朧木の背後に隠れた。
魍魎の数は三体。数では同じだが戦えるのは朧木だけである。
「良介、やつらは人に害を為す妖怪だ。遠慮は要らない!」
「あぁ・・・・・・諸天善神よ。この子を護りたまえ!」
朧木は祈りの言葉共に剣を正眼に構えた。
魍魎どもも馬鹿ではない。それぞれが散開し、朧木達を取り囲むように動いた。
「シャアアア!」
猫まんが牙を見せて魍魎を精一杯威嚇する。
「くっ、つくづくヴォルフガング君を連れて来れば良かったと悔やまれる!」
朧木は剣先で魍魎をけん制する。しかし、魍魎はまったく怯まず徐々に距離をつめてくる。
「ダッシャァァァ!」
魍魎が雄たけびを上げて一斉に朧木達に飛び掛る! それぞれ一体ずつが個別に襲い掛かった。
「滅!」
朧木は袈裟切りに霊剣を振るう。その剣筋は正確に魍魎を捉えていた。霊剣が魍魎を抉る。だが、朧木はその魍魎は見ていなかった。
もう一体が猫まんに襲い掛かったが、猫まんは俊敏な動きでひらりとかわしていた。危ないのは洸だ。魍魎が襲い掛かる!
「月魄刃!」
振り返りざまに朧木は二本指を立てて洸に襲い掛かる魍魎めがけて振るった。青白い三日月の形をした刃が飛び交う。
ひゅぱひゅぱっ。
三日月の刃は狙い違わず洸に襲い掛かっていた魍魎を切り裂いた。ドサリ、ドサリと倒れる二つの音。朧木は同時に二体の魍魎を退治した。
「グッ、グギャアアアア!」
魍魎が狼狽してうろたえている。同時に二体もやられたのは計算外だったようだ。
「あとはお前だけだ。観念しろ!」
朧木は最後の一体に狙いをつけて霊剣の切っ先を向けた。
「ギャアアアス!」
魍魎は転進し逃げ出す。やつらに仲間意識など無い。倒された仲間を見捨てて最後の一体は逃走していった。
朧木はなおも周囲を警戒する。・・・・・・どうやら他に物の怪はいないようだ。
「ふぅ。何とか撃退できたか」
朧木は霊剣をぴゅぴゅんと振るった。
「すごいや、おじさん強いんだね!」
洸は霊剣を興味深そうに眺めている。
「洸君。他にあんな感じのやばそうなやつを見かけたことは?」
「ないよ。しばらくここにいたけれど、あんな奴ははじめてだ」
猫まんが思案する。
「いくらなんでも三週間以上こんなところにいて危険に出くわさない理由はあろうだろうね。いままで無事だったのは迷い家が遭難者の避難先として現れる点から見て、結界のごとき働きも兼ねていたのだろうよ。なんにせよ人間の子供が出歩いていていい場所じゃあなかとね」
朧木は猫まんの言葉に頷いた。
「そうだな。ここは危険だ。先を進もう」
朧木は帰路を促した。
その後は妖怪に出くわすことも無かった。闇の中を切り拓いて朧木達は異界を脱出する。
表の世界。人間の世界に出る。既にあたりは夕方となっていた。日も落ち少しは涼しくなっている。
「良介や。後は子供を親元まで送り届けるだけだろう。わたくしは先に帰らせてもらうかいね」
「ありがとう、猫まん。助かったよ」
洸は猫まんにバイバイと手を振った。猫まんはとっとこと歩き去っていく。
「さて、洸君。おうちに帰ろうか」
「はい・・・・・・あまり気が進まないな・・・・・・」
今回のはあくまで少年の家出である。その事情は変わらない。無事帰れるとしても、それが本当に良い事なのかはわからない。
「僕に何か力になれればよいのだけれど・・・・・・あぁ、僕にできる事はやっておくか」
朧木は少年が事件に巻き込まれた可能性を考慮されて警察が捜索していた件を思い出し、知り合いの警察関係者に電話をかけた。少年の家出だった件と怪異が絡んでいた件、そして少年の無事を伝える。こうすれば警察から親元へと先に連絡は行くだろう。朧木は警察への協力の形を整えた。あちこちの方面への朧木の配慮である。
「ねぇ。おじさんって何者なの? 化け物をあっという間にやっつけちゃうし、普通の人って雰囲気じゃあなさそうだった」
朧木は笑った。
「僕は陰陽師。普通の人間だよ。妖怪がらみなどの特殊な案件を受け持つ事もある探偵なのさ。今回の件は一応君が行方不明になった事件の捜査協力という形で手伝わさせてもらっている」
「すごいや! いつも妖怪と戦ったりするの?」
少年は目を輝かす。朧木がヒーローっぽい何かと理解したようだった。
「たまに戦う事もあるよ。今回はたまたま遭遇しちゃったけれどね。もっともいつもいつもあんなものと戦っているわけじゃあないよ」
「ねぇねぇ、どうやって戦うの? あの月魄刃っていうのはなぁに?」
少年の興味は尽きない。洸は月魄刃を使う朧木の真似をした。年頃の少年らしく、バトルモノっぽいものに興味津々のようだ。
「そうさねぇ。月魄刃というのは己の魂を練り上げて作るかりそめの刃さ。道教というものの術なんだ。昔友人に、とてもとても大事な友人に教えてもらった技なんだよ。もっとも今回のように剣で戦う事もあるし、陰陽道の術で戦う事もある。得意なのは式神という使い魔のようなものを召還して戦わせる事なんだ。まぁ、僕の流派は戦いの流れを変えるのを極意とするらしいので、それらは本筋の戦い方じゃあないんだろうけれどさ」
「かっこいいー! もっと戦うところも見てみたいな」
「それは危ないよ。妖怪の中には人間に平気で害をなす輩もいるからね。猫まんみたいなのばかりじゃないんだよ」
「いいなー。ボクも術を使えるようになりたい!」
「はっはっは。あいにくと僕は弟子をとらない主義なものでね。残念でした」
「ちぇっ、ケチ!」
少年は頬を膨らませていじけだした。
「君には何か将来なりたい職業とかはあるのかな」
「うん。おまわりさんになりたい」
「ほほう。法の番人か。それも立派な仕事だね」
「悪いやつらをやっつけたいんだ!」
少年は少年らしい夢を語る。
「悪者、か」
朧木は遠い目をする。悪という概念について考えていたのだ。
「そう。悪いやつ。人間でもいいし、妖怪だっていい。僕は正義の味方になりたいんだ」
ヒーロー願望の強い少年だった。
「ならばどちらにしてもしっかりと勉強しないとね」
「うーん。ボク、勉強が苦手なんだ・・・・・・」
複雑な家庭環境が災いし、少年は学業に専念できていなかったのだ。それを朧木は知らなかった。
「はっはっはー! 猫まんは勉強を見ることもできるから、こんどあいつに相談してみたらいい。僕も昔は猫まんに勉強を見てもらっていたんだよ」
「おじさんが子供の頃からあの猫ちゃんはいるんだ」
「あー、あいつは御年寄りなんだ。今度会うときに猫用のおやつでも持っていくと喜ぶと思うよ」
「へぇ、ボクと同じで食い意地が張っているんだね!」
と、何のかんと会話をしながら歩いていると、少年の家が見えてきた。家が近づくに比して少年の表情は暗くなっていく。そのことに朧木は気がつく。
「・・・・・・大丈夫。いつかきっと道は開けるさ」
朧木は少年を励ます。今の彼に出来るのはそのくらいだった。
少年は玄関の扉を開ける。
「ただいまー」
少年は家の中に呼びかけた。母親が出てくる。だが、その表情は嬉しそうではなかった。
「なんだ。警察の言うとおりただの家出だったわけ。あまり手間をかけさせないで頂戴!」
母親の第一声がこれだった。これには朧木も眉をひそめる。
「まぁまぁ。無事見つかったんだから良かったじゃあありませんか」
朧木の言葉に母親があからさまに不快な表情を浮かべた。
「何あんた。よその家庭の事に口を挟まないで頂戴」
朧木は何も言えなくなった。あくまでこれは少年と母親の問題。朧木はただの部外者に過ぎない。
「・・・・・・うん。ごめんなさい・・・・・・」
少年が家出したのが元々の問題であったとはいえ、家出する理由は十分すぎるくらいあった。であるにも関わらず少年が謝された。朧木にはどうにも納得のいかない流れだった。
「あんたなんか産まなければ良かった」
母親からの辛らつな言葉が少年を深く傷つける。朧木は怒った。
「それが母親のいう事ですか!」
「何!? 今回のことはこの子が悪いんでしょ。まさか私が悪いって言うわけ?」
母親は朧木の剣幕に少し怯んだが、私は悪くないと言い張り突っぱねる。
「そもそもあなたの洸君に対する普段の接し方に問題があったんじゃあないですか」
「さしでがましいわね。これは私と洸の問題よ」
母親の絶対的な拒絶。朧木の言葉はこの女には伝わらない。
「おじさん・・・・・・いいよ。お母さんの言うとおり今回はボクが悪いんだから」
少年が朧木の裾を引いた。子供が親をかばうのだ。引き下がるしかなかった。朧木には少年が母親に好かれたがっているのが痛いほどわかった。
「・・・・・・これは僕の連絡先だ。何かあったらすぐに連絡してくれ」
朧木は名刺を少年に渡した。電話番号と住所が書いてある。
「今回はご迷惑をおかけしました」
少年が深々とお辞儀をする。母親は「フン!」と鼻息一つするばかりだ。
「・・・・・・では、僕はこれにて失礼致します」
朧木は少年の今後が気になったが、仕方なく引き下がった。古びたアパートを立ち去る。朧木は帰りがけ、アパートを一度振り返る。
根本的な問題が何も解決していない。それは妖怪退治のほうがよほど簡単に思えるくらいに面倒な問題だった。
「洸君、君に幸があらんことを」
朧木は無事仕事を果たしたというのに浮かれない表情でその場を後にした。
朧木が立ち去った後の少年の家。洸が母親に怒られている。
「あんた今までどこほつき歩いていたのよ。まったく、今回は警察沙汰にまでなったんだからね。洸、あんたわかってるの?」
母親のヒステリックな声が響き渡る。洸は項垂れた。
「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
ひとしきり怒られた後、母親の関心が離れたので少年は台所へ向かった。少年は迷い家から持ってきたピンク色の茶碗を散らかったテーブルの上において自室へと戻った。その茶碗を母親が見つける。
「何、あの子。こんな薄汚い茶碗なんか拾ってきて・・・・・・この茶碗。どこかで見覚えが・・・・・・」
母親は茶碗を手にとってまじまじと見つめる。ふちが少し凹んでいた。
「この凹み・・・・・・そうだ。この茶碗。私が子供の頃に使っていた茶碗だ」
古ぼけたピンク色のプラスチックの茶碗が淡く輝き始めた。
途端に母親の脳裏に自分が子供の頃の記憶がまじまじと蘇る。
「あっあっあっ、これは・・・・・・お母さん!?」
この女の家庭も母子家庭だった。貧しい暮らしを自らの母親と共に過ごした幼少時代。優しいまなざしをしていた自分の母親との記憶。
女は涙する。大好きだった母親のことを思い出した。女の母親は無理がたたって若くしてなくなっていた。だから親と過ごしたのは子供時代だけであった。女のその後の人生は過酷であった。親戚を頼れず孤児院に入れられたのだ。そんな生活が自身の親との思いでも遠くへ押し流していたのだ。
蘇る親との思い出。女は大事そうに茶碗を抱える。小さな子供の頃に大事にしていた茶碗。お気に入りだった茶碗を。
なぜそれが迷い家にあったのかは定かではない。だが、今確かにここにある。ぼんやりと光り輝く茶碗。それは女が無くしていた大事なものを取り戻させた。
後日。朧木探偵事務所にて。朧木が暇そうに所長椅子に座っている。前回の仕事を終えてしばらく新しい仕事は来ていないのだ。朧木はとくにやることもないので新聞を読んでいたが、それも読み終えていよいよやる事をなくしていた。仕方が無いので未使用の式神の型代を机の上に並べて確認している。この作業にとりわけ意味は無い。
さくらも慣れたもので、朧木を気にせず事務仕事に精を出していた。
「そういえば所長。この間の子供さんはどうなったんですか? 聞けば親と不仲で家出したって話じゃあないですか」
「どうしたもこうしたもないよ。ほんととんでもない母親だよ。家出事件の原因となった親との不仲は僕にも解決できそうに無い」
「所長にも出来ないことってあるんですね」
「おやおや。僕だって普通の人間だよ。それに僕は家庭相談の類は受け持ってはいない」
「所長って何でも屋だとおもっていました」
「なんでもはないよ。なんでもは」
さくらは不思議そうな顔をする。
「えー、十分何でも屋ですよぉ。表の御仕事なんてまさにそれじゃないですか」
「あー、うん。確かに似たようなことはしているかもね」
「それでもお仕事はないから大変ですね!」
さくらはふふっと笑った。
「笑い事じゃないけどねぇ。ま、世の中平穏で何よりだよ」
朧木も笑った。彼は仕事が無くとも世の中が平穏であればそれでよいのだ。
と、そこに急に電話が鳴った。さくらが電話に出る。
「所長。児童相談所の玖珠木さんからお電話です」
「うん、わかった」
朧木は電話を代わった。
「御久しぶりです。朧木さん」
軽やかな女性の声。どうも良い知らせの予感をさせる雰囲気だった。
「えぇ、そうですね。いかが致しました? まさか、また少年が家出したとかで無いでしょうね!?」
朧木はたぶん違うだろうなと思いつつも探りを入れてみた。
「いえいえー。それは大丈夫ですよ。それより、朧木さんは少年と母親の仲が悪い事をたいそう御気になさっておいででしたが、どうも状況は変わってまいりました」
朧木はおやおやと思った。
「それは一体どういうことでしょうか」
「その後、洸君に色々話を聞かせてもらっているのですが、母親との関係は良好になったという事らしいですよ。嬉しそうに元気に話していましたので間違いないでしょう」
「それはすばらしい! どういう心境の変化だったんでしょうね!」
「そうですねぇ。子供さんがしばらく行方不明になったので、母親も思うところがあったのではないでしょうか」
「うーん。あの母親に限ってそれはなさそうですが・・・・・・」
第三者達にはまったくわからない変化。だが、少年と母親の関係性が改善されたらしいことは確かだった。
「まぁ、ともかく洸君の生活環境が改善されたのは良い事です。今後も経過を見守りますが、いずれは我々が不要になる日もそう遠くないかもしれません」
「そうですね。良い傾向です。僕もご協力できた事、嬉しく思います」
「えぇ。ともかく、今回は仕事の依頼を引き受けていただきありがとうございます。聞いたところによると怪異がらみの特殊な事件だったとか。朧木さん抜きでは解決は難しかったでしょう。ではでは、失礼致します」
がちゃりと電話は切られた。
「ふぅむ。丼副君。どうやら少年は報われたようだぞ。母親との関係は良好になったらしい」
朧木の表情はとても嬉しそうだ。
「なんだ。自然解決する問題だったんですね!」
「むぅ、とてもそうなるとは思えなかったのだが」
「所長の思い過ごしだっただけなんじゃあ」
「あれを見て思い過ごしと言うにはさすがになぁ」
朧木はどうにも腑に落ちなかった。
「それじゃあ、ちょっと私は郵便局まで行ってきますね」
さくらは社用にて外出する。後には朧木がひとり残された。
「うぅむ、これが迷い家の伝承に添えられている出来事に関わることなのかな」
朧木は所長用の椅子をくるりと回して窓側を向いた。外は明るい日差しだ。今日もきっと暑い日であることを思わせた。
静かな事務所内で朧木は一人笑顔を作ったのだった。
それはとある場所。闇、闇、闇の中。どこまでも真っ暗な闇の中。人にあらざる者達がうごめいていた。
妖怪の王と呼ばれている男と頭がしゃれこうべの鳥の妖怪、イツマデである。
イツマデが興奮したように羽ばたいた。
「王よ、なぜあなたはあの陰陽師をのさばらせておくのですか」
王は特に意に介した様子はない。
「なんだ。たかが陰陽師一人が何だというのだ」
「見越し入道も敗れました。あの陰陽師は大変危険かと・・・・・・」
「見越し入道か。あやつは敗れたが見事な仕込みを潜り込ませたぞ。イツマデよ。お前にはあの陰陽師が脅威に映るのか? そもそも陰陽師どもを根絶やしにしたければ、我々は何もしなくて良いのだ」
「それは一体全体いかなることでございましょうや・・・・・・」
イツマデには王の考えるところがわからなかった。
「言葉の通りである。我らは皆何もしなくて良いのだ。・・・・・・これがわからぬか。イツマデよ」
イツマデが恐縮する。
「ははっ、わたくしにはとても考えが及びませぬ。だが、あの陰陽師は大変危険きわまる存在かと思われます・・・」
王は笑った。それは愉快そうに笑った。
「あれなるはそう警戒する相手ではないぞ? 術師としての腕も我が力を持ってすればどうとでもなるわ」
王は余裕で答える。いまだその妖術がなんであるのかは不明であったが、確固たる自信があるようだった。王と呼ばれ傅かれているのだ。並大抵の力ではあるまい。
「王のお力であればいかなる術師であっても相手になりますまい。しかし、王が自ら御相手になさる事は軽率。下々の者にご命令くだされば、かならずや首をあげてみせましょう!」
「ふぅむ。お前は私の方針に不服を唱えるか」
イツマデがさらに恐縮した。
「いやいや、滅相もございません! わたくしの考えなどがなぜ王の御考えに及びましょうか!」
「そうであるか。さて、イツマデよ。これは余興である」
イツマデが王の意図を読めずにきょとんとした。
「余興、にございまするか」
「そう。これは余興なのだ。遊びは愉しむものだぞ、無粋者め」
イツマデがこうべを垂れた。
「ははっ、考えが及ばず申し訳ございませぬ!」
「はっはっは! 遊びなのだ。いつの時代であれ陰陽師とのかかわりは。さてさて。前回は妻が機嫌を損ねて帰還せざるを得なくなったが、妻が機嫌を戻したのでまたいずれ東の都に遊びに行こうかと思う。無論人間に化けてな」
イツマデは王が塚原というリサイクル事業の社長の姿をとっていることを思い出した。見事に東京の西側の方角にごみ処理施設を建設し、土地を汚す事で霊的に東京を弱体化させるのに成功した事を思い出したのだ。
それは完成された東京侵略プランだったのだ。方位に基づき呪術的に東京を侵略している。そのことに気づいている者は今のところいない。
「王の視野の広さでしたら、いかなる障害をも取り除くことでしょう」
「イツマデよ。世辞など申しても何もでないぞ」
イツマデがご機嫌取りと思われたことを焦る。
「そ、そのようなつもりは・・・・・・」
「ふふふ、よい。さて、余興とはいえいつも同じことばかりではいささか飽きるというもの。一つ面白い事を成そうではないか」
「面白い事と申されますと?」
王はイツマデの反応を愉しんでいるようだ。懐から一つの小箱を取り出す。
「みよ。深きものどものルートを使って入手した一品だ」
「これは辺の整っていない奇妙な形の小箱で・・・・・・いったいぜんたいなんなのでしょうか」
「これなる箱の中身はトラペジウムにて出来ているという宝石が収まっているだけである。しかし、これを用いれば闇をさまようものを呼び出せるという」
イツマデは興味深そうに小箱を覗き込む。
「ほほう。新たな手勢を加えるわけですか。・・・・・・海外の魔物の力を借りるわけで?」
「海外か。確かに海外ともいえるが少し事情は異なるぞ。さて、これはこの場のような闇の中でそっと箱を開くと良いらしい。箱は良いな。何が入っているかもわからないから尚よいのだ。そのような箱から魔物を解き放つというのはいつになっても心躍るわ」
王は上機嫌で小箱をそっと開いた。怪しく輝く宝石が7つの支柱に支えられて小箱の中で固定されていた。その箱の中から闇の中であっても尚暗い闇が噴出する。
やがて、黒い闇の中に燃えるような紅い三つの目が浮かび上がったのだった。
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